織田信長：苛烈・冷酷説を斬る！

　織田信長は苛烈で冷酷な性格だったことは歴史の常識として定着してしまっています。先日放映されたＮＨＫ歴史秘話ヒストリアでも第六天魔王として描かれていました。
　★　ＮＨＫ歴史秘話ヒストリアを斬る！

　しかし、これは本当なのでしょうか？！
　確かに信長は大量殺戮を行っています。比叡山焼打ち、長島一向一揆攻めでの殲滅戦はよく知られたところです。また、謀反を起こした荒木村重の一族郎党の処刑も凄惨なものとして知られています。
　ただ、これらは勝つか負けるかの戦争行為（あるいはその一環）として行われたものであり、残虐な行為ではあっても性格が苛烈・冷酷だったから引き起こされたものとはいえません。羽柴秀吉も同じような行為をおこなっていますが苛烈・冷酷とは言われていませんし、東京大空襲や原爆投下という残虐行為をおこなった米国のトルーマン大統領も苛烈・冷酷とは言われていません。
　それでは何故、信長だけが苛烈・冷酷とされているのでしょうか？
　それは「秀吉による演出」というのが私の見解です。
　その証拠となる史料があります。『惟任退治記』です。
　この書は本能寺の変から４ヵ月後に秀吉が家臣に書かせた本能寺の変の顛末の公式発表です。その中で信長は自分の死を前にして、夜を共にした女達をことごとく刺し殺したと書かせました。原文を読みやすく直したものをご紹介します。
「将軍（信長）このごろ春の花か秋の月かと、もてあそび給う紅紫粉黛（こうしふんたい：美人のこと）、ことごとく皆、指し殺し、御殿に手ずから火をかけ、御腹を召されおはんぬ」
　
　これが秀吉の演出だといえる理由は以下の通りです。
①信長の家臣・太田牛一の書いた『信長公記』には信長は女性たちを「女どもは苦しからず。急ぎ罷り出でよ」と言って逃がしている。牛一はこのことを逃げた女性から聞いて書いており信憑性は極めて高い。一方、刺し殺したことの目撃者は特定されておらず、状況から見て、そのような目撃者の存在は極めて疑わしい。
②この後、秀吉は織田政権を簒奪していく。まず信長三男の信孝を支援した柴田勝家を滅ぼし、信孝を自害させる。次に二男の信雄を支援した徳川家康と戦い、信雄と和睦して政権を奪った。『惟任退治記』は織田政権奪取に向けた宣伝書として書かれ、信長を天下人としては欠格者と印象付ける演出をした。

　この演出に乗って信長が苛烈・冷酷な性格であることを物語る逸話をいろいろ創作したのが江戸時代に書かれた軍記物です。そういった性格だから光秀につらく当たり、光秀がそれを怨んで謀反に至ったというストーリーを肉付けするためです。信長がすぐに怒って家臣を殴ったり、人の首を斬る話はこういった書物が創作したものです。
　歴史上の人物がそういった性格だったから、こういう行為をした、というお話は多いですが、私には疑問です。その典型的な例が信長だと思います。信長は徹底した合理主義で戦国の世に勝ち残ろうとした武将でした。武将とは単なる軍人ではありません。一族郎党を率いる氏族長であり、領国を治める領主です。多くの人々の生活と生命に責任を負った重い存在です。死ぬわけにはいかない、亡びるわけにはいかない、何としても勝ち抜く。そのための最善の手を打つ。それが残虐な行為と言われようとも。
　これが信長の行為の理由であって、決して信長の性格が苛烈・冷酷だったからではないのです。
　信長が苛烈・冷酷な性格ではなかったことを物語る史実もいろいろあります。路傍の乞食を助けたりしています（信長公記）。秀吉の妻に秀吉との仲を取り持つような手紙を書いています（信長書状）。光秀が重い病で寝込むと見舞の使いを送っています（兼見卿記）。信長は自分の死を前にして女性たちを逃しています（信長公記）。
　信長の性格についての歴史の常識も、四百年かけて作りこまれてしまった歴史の嘘のひとつだと思われませんでしょうか。

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