藤原愛子の日常茶飯事

前稲城市議・藤原愛子のもろもろな日々

ひきこもり=要注意人物、としないで!

2019年05月30日 | 雑感
  
 アメリカのトランプ大統領が来日して、日本が戦闘機をたくさん買ってくれるとツイッターして、お相撲観てゴルフして帰っていきましたね。

 印象としては「遊びに来た」感。

 安倍首相はそのお接待係の感。 戦闘機の予約を取られても「ウィンウィンの関係」と言っている。

 違和感ありまくりの中、ええっ!と思ったのは、大相撲観戦で<升席に椅子をいれた>こと。
さらに、座布団投げ禁止。

 朝日新聞でしたか、漫画家のやくみつるさんが、漫画で、升席に座っているトランプさんの周りに、座布団を打ち落とすための
バズーカ砲を配備した図を描いていましたっけ。

 升席には座ってください。それが嫌なら、後ろの椅子にして。

 それがいかに異常なことか。

 安倍首相がもしアメリカでフットボールを観戦することになった時、観客席に畳を敷いて、座布団と座椅子を用意するのと同様でしょう。

 もしかしてトランプさんが流鏑馬を観ることになったら、「矢を使うな」なんてことになるかも。

 世の中には、しきたりや礼儀、成り立ちがあります。ことわざで「郷に入れば郷に従え」というのもありますね。

 トランプさんの流儀に従えでは、これからの日米交渉もさもありなん、です。


 話は、変わります。

 
 登戸で起きた殺傷事件です。

 本当にいつ何が起き巻き込まれるかわからない、と日本中の人が思ったのではないでしょうか。

 私の娘も息子も、幼稚園児がいる若い親です。もし自分が、子どもが、と衝撃をうけたようです。

 もちろん夫も私も。防ぎようがない。どうしたらよいのか。そして本当に言葉にならないくらい気の毒な・・・と。


 自殺した容疑者は、長年ひきこもっていた男性です。親族は何度も市に相談に行っていたそうです。

 市はなんとかならなかったのか。

 と思っても、ひきこもりの人を救うのは大変な時間と当人や家族、そして周囲の人達の努力が必要です。


 また。

 短絡的に思ってほしくない。

 「ひきこもりはみんな怖い」とか「何かするのでは」などと思わないでください。

 確かに今回の事件は引きこもっていた人が起こしました。でも、それは「ひきこもり=怖い・おかしい」ではないです。

 何らかの理由で外の人間と接触出来なくなったり、理由が自分でもわからないまま行動できなくなったり、中には精神の治療によって軽減されるのに来院に至らない例もあります。

 やっとここにきて国でも、いわゆる「8050問題」が話題になって、39歳以上の<ひきこもり状態調査>を実施するとのことですが、もう、前々からわかっていたのに目をつぶっていたとしか思えません。

 登戸の事件で命を奪われてしまった人、心と体に傷を負った人、そして加害者の親族も合わせて被害者です。

 とても許せない事件をおこした加害者ではあるけれど、彼の今までの生活を想像すると、それもまた悲しい思いになる私です。

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議員もやめましたが。

2019年05月26日 | 雑感
  
 選挙の夢を連日見ていました。

 きっと、ああしたほうがこうしたほうがみたいに、頭に残っていたからだと思います。

 自分の選挙の時はまるでなかったことです。

 なんと、一か月近く見続けていたのですが、応援してくださった方たちのご苦労さん会に出席して、「連日夢を見ていました」と、吐露した翌日から、見なくなったのです。

 なんでしょうね。肩の力がやっと抜けたのですかね。

 それで今は、家のごちゃごちゃに挑んでおります。

 <断捨離>や<こんまり>じゃないけれど、「こんなものまで!」と思うものがとってあります。

 きっとその時はとっておきたかったんだろな、私。

 
 議員を辞めたら、あれやろ、これやろ、と思っていました。

 やっと選挙の夢もみなくなったし。

 ところが、今の稲城市議会の様子をチョコっときいたら、まあ、気になった。大丈夫か。

 趣味のもろもろを始めようと、どれから着手するかなあとみてみたけれど、まあ、気が乗らない。どうしたのだ。

 読みたい本は次々に読んではいるけれど、気が付きました。

 「まだ、趣味の世界に入る時期ではないな」と。

 もう少し年齢が行ってからコチョコチョやろうと。


 お陰様で、ずうっと走っているような日々だったけれど、今は背中に張り付いていた「仕事」という文字をパリパリ剥がして伸びをしているような時間を持てています。

 まだまだ母の遺したものが手付かずなので、しばらくは<お片付け>が続きます。

 お片付けはしているけれど、またまた気が付きました!

 世の中の理不尽や不正に腹立ち続けている私は、変わらないなと。

 果たして、これで年取ってから<趣味の世界>に行けるかしら?
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お茶碗かごをやめました

2019年05月17日 | 雑感

 もう結構前になりますが、食事に使った食器類を洗った後に、水気を切るために入れる
「お茶碗かご」をやめました。

 家族数が減ったのと、調理に使うスペースを広げたいのと、かごを洗う手間を無くすために。

 専用の布巾を敷いて、その上に洗った食器類を伏せて置き、洗い終わったら別の布巾で拭いて、しまう。

 あら~、簡単!

 子供たち家族が来た時も、一人が洗う、一人が拭くとやって、おしまい。シンク横ひろびろ。

 今まで当然と思っていたことが、実は改善できることだった。

 以前に三角コーナーをやめた時もそうでしたが、本当に要るのか?と考えるプロセスを持たなかったわけですね。

 
 唐突に。

 私は死刑廃止に賛成です。

 って、前にもかきました。

 死刑執行は、結局殺人と同じです。同じことを繰り返してしまうことだと思います。

 でもでも。

 やっぱりそうなんだけれど、思ってしまう。

 こんな人間は死刑にしたいよ!と、思ってしまう。

 児童虐待。

 力の差が歴然とある中で、どうして子どもの体と心を破壊するのか。

 よく言われるのは、自身が幼い時に虐待された経験があるとそれを繰り返すと。

 私には正直、心理学的なことはわかりませんが。

 暴力行為を続けられると、支配されてしまいそこから抜け出そうとする気持ちが萎えてしまうと。

 最悪、自分が被害にあわないようにするために、より力の無い者に関心をむけさせるか、自らも加害を加えるようになると。


 それならやっぱり、第三者が「本当にあってはいけないことなんだ!」という強い態度を持って、「虐待ゼロ」に向かわないとならないのだと思います。

 DVの防止から、ではなくて、もう幼い時からの<人権教育>。相手を大切にし、命を尊重する教育。

 たとえば、小さい子はよく噛んだり叩いたりとやりますが、「言葉が言えないからやるわね」じゃなくて、「本当にやってよいのか?」「なぜそうするのか?」「やめさせるには?」ともう一度考えるプロセスが必要かもです。

 お茶碗かごの次に虐待の話で、一体なんだ!と言われそうですね。

 無くてもよいものと、あってはならないものという大きな違いがありますが、わが身に置き換えて、無くすにはどうしたら良いかと考える必要があると思うのです。

 自分でもできることを見つけて、どんな小さなことでも取り組んだほうが良い。

 報道に胸を痛めるだけでない、何かが出来れば、と思うのです。
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チケットに130万人!!

2019年05月12日 | 雑感

荒れ放題だった庭の草を取ったら、腰が痛くなった!

 でも、石楠花がきれいに咲きました。

仕事部屋の片づけをして、腕が痛くなった!

 でも、懐かしい写真を見つけました。


 未だに時間を無駄にしないように、なんて動いている自分に「はっ!」と気づき、

 今までの習性がそう簡単に抜けるものではないと、改めて思いました。

  
 「この勢いで行こう」

 ・・・と、ひそかに思いましたね。

 だらけないで、少しづつ体の緊張を抜いていく、というか抜けていくのを無理に抑えないで、自然に任せる、という方式で行くか、と。

 最終、だらけて鈍になるのでは、という心配は、無い、と思う。


 先日発売開始になった、オリンピックの券?初日に130万人がアクセスしたとか。

 そのニュースを見て「何やってんの!?」と思う、というか、半分怒っている自分がいました。

 正直、<復興オリンピック>なんて平気で言うことにすでに怒っています。

 「おまけに大阪万博だってえ~!!」と、更にヒートアップする私がいます。

 元号が変わって、来年はオリンピックパラリンピックと、まるで日本の現状を忘れ去りたい、あるいは意識をそらせたいように「ええじゃないか!ええじゃないか!」とはやし立てているようで。(あ、アスリートの方たちやチャレンジャーの方たちに対してはそんな思いはありませんよ)

 <水に流す>という言葉がありますが、何でも流しちゃいけません。

 さっき<自然に任せる>と書いたけれど、何でも任せちゃいけません。ちゃんと自己の認識を持って、両足踏ん張ってのことです。

 あ~それにしても、130万人ですか・・・。

 私がひねくれ者なのかしら?

 
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「令和」ですか

2019年05月03日 | 雑感

 何だか大晦日みたいな騒ぎでしたね。

 まあ、平成になった時は天皇がお亡くなりになった時で、それこそ「歌舞音曲」の類はすべて自粛で、暗~い改元だったけど、、今回初めて「明るい改元」をはしゃいでもしょうがないか、と、大人の判断。

 日にちを少し戻しますが、まだ平成の四月27日、中村敦夫さんの朗読劇を観に行きました。

 「線量計が鳴るー元原発技師のモノローグー」です。

 やっと行けました。

 今回で70回公演だそうですが、すごい。

 原発で働いていた、技師の口を借りて語る原発の成り立ち、福島の事故、チェルノブイリまで行き、見てきた現状と日本との重なり、原発推進の仕組み、原子力ムラの国民無視の実態など、とても解りやすい語りでした。

 中村さんは79歳。 すごい。

 
 私は芝居の持つ力を改めて感じました。

 原発の講義をもし聴くとなったら、けっこう肩に力が入ります。

 けれど、中村さんの朗読劇は、時々笑いが起きるような語り口で、じつに良い。
原発の根本的な問題から将来にまでわたる暗澹たる事実を、指圧する指のように体の奥に届けます。

 私もぼやぼやしてらんないわ!と改めて思った次第です。

 
 
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