goo blog サービス終了のお知らせ 

アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

完投

2004-10-07 00:00:00 | マルちゃん
打球は3塁線上に転がった。
どっと喚声が湧き起こる。
3塁ランナーが転がる打球の脇を走り抜けた。
マルはボールを掴むとすかさずホームに投げる。
ホームには、キャッチャーのカナコが仁王立ちになって構えていた。

アウトッ!

やった。なんとか・・・
味方ベンチでは、全員が立って拍手している。
全員と言っても、2人だけ。
相手方に比べると、とても寂しいように見えるけれど、
みんなこの中総体、地区予選決勝までチームを支えて来てくれたんだ。

「よすっ! あど、ひとりっ!」

そう、あとひとりだ。
このひとりを討ち取れば、試合は延長に入る。
そして勝てば、県大会出場なのだ。
しかし9回裏最期の相手打者を迎えて、マルの体は既に、ぼろぼろに疲れ切っていた。


村立ヤナガワ中学校ソフトボール部には、部員が7名しかいない。
全校生徒合わせても100名あまりの小さな学校である。
元々ヤナガワ村自体が、人口3000人に満たない。
2年後の近隣5市町村合併に向けて協議会が設立されており、遠からず村としては無くなってしまうのかもしれない。
そんな小さな中学校に、今小さな熱気が漂っていた。
ソフトボール部始まって以来、今年は晴れて県大会に出場できるかもしれない。
団体競技の県大出場は、学校としても初めてになるそうだ。
用務員さんの話では、なんでも柔道と剣道以外で今まで県大まで勝ち進んだことは、ないという。
今年のソフトボール部は、一味も二味も違うのだ。
なぜなら学校創立以来の強肩ピッチャー、「鉄腕マル」がいるのだから。

この大会、マルの剛速球の前にはいかな強打者でも、ボールを芯で捕えることはできなかった。
3年生のマルには、この大会が最期になる。
いやが上にも、投球に磨きがかかった。
1回戦、2回戦と順調に勝ち抜き、そしていよいよ決勝戦。
予想通り、相手は名門・南部中学である。
昨年の県大会優勝校でもある。
1000人以上の生徒を抱える街中のマンモス校だ。ソフト部員だけでも、50人以上はいるだろう。

ところが、試合開始直後から南部中学がとった作戦は、
執拗なバント攻撃。
徹底的に、チームの要、マルを走らせる。
普通、バントが予想される場合には、ファーストとサードが前進守備をとるものだが、
残念ながらヤナ中チームには、その後の一・二塁をフォローできる選手がいない。
バントに対してはピッチャー・マルが全部処理しなければならないのだ。
もちろんピッチャー交代のための補欠選手なども、いるはずがない。
わざわざこの試合のために、1回戦で敗退したバレー部とバドミントン部から選手を借りて来ているくらいだった。
前の2試合で、相手打者はことごとくマルに討ち取られているのを見て、
前年度優勝校は、そういった事情を承知の上でマルを集中攻撃してきたのだ。

それでも最終回まで、よく抑えたと思う。
さすがに相手も強い。打撃陣も揃っていたし、守備にも漏れがなかった。
そしてとうとう0対0のまま、9回裏、相手側の攻撃を迎えたのである。


マルは、もはや疲れ切っていた。
足は棒のように固くなり、右の肩から先が、痺れたように重くなっている。
特にこの回、早々にノーアウト満塁を迎えてから、とても苦しい試合展開になっていた。
それでも今かろうじてふたつ目のアウトをとり、
いよいよ最期のバッターを迎える。
相手チームの4番、最強打者だった。

相手ベンチから怒涛のような野次と喚声が上がる。
味方ベンチでは、決勝戦進出の報を受けて、急遽校長先生が駆けつけてくれている。
その隣りには監督兼自称マネージャーの、保健室のカズコ先生。
彼女は隔日勤務なのだが、
今日は特別に、休日返上で臨時の監督になってくれている。

その時マルの耳に、土手の上から今まで無かった大きな喚声が聞こえてきた。





ガンバレ、ガンバレ、マールー

ガンバレ、ガンバレ、マールー

猫家のみんなだった!
わざわざ、あの山奥から、
今日この時のために、駆けつけてくれたのか。
彼らの足ならば、この会場まで片道2時間はかかるだろうに・・・

ガンバレ、ガンバレ、マールー

ガンバレ、ガンバレ、マールー

マルの体を熱い血潮が駆け抜ける。
よすっ!
この腕がもげでも、
投げるど!


ストライークッ!


1球目、見事に決まった。
バットが大きく弧を描く。
相手打者は、当然のことながら、打ちに来ていた。
だが、ここで大きく打たせるわけにはいかない。
外野は全員、1年生と他の部の生徒なのだ。
2球目。ボールを胸元に引き寄せて、豪快なアンダースロー。
足首の踏ん張りとともにボールは吸い込まれるようにミットに向かう。
速さ、コースともに申し分の無い球筋だ。
これも決まったか・・・


・・キーーーーン!


信じられない音が、マルの耳から頭を貫いた。
打球はファーストを抜け、地面すれすれを土手に向かって1直線に走る。
ライトのミサコがボールを追う後ろ姿が見えた。

相手ベンチの割れるような喚声と、諸手を挙げてホームを踏むランナー・・・
それがマウンド上からマルが目にした、最期の光景だった。
今、マルは両手を膝について、ただマウンドに目を落としていた。
学校創立以来の剛速球、超中学生級投手、と言われ、みんなの期待を背負った自分のソフトボールが、
これを最期に終わってしまうことが、すぐには信じられなかった。


気がついたら、チームのみんなが、マルを取り囲むようにマウンドに集まっていた。
ひとり、ふたりとマルの肩、背中に手を当てる。
みんな無言だった。
やがてキャッチャーのカナコが、叫んだ。
「ファイト、マル!」

ファイト、マル!
ファイト、マル!
・・・・・・

チームのみんなが、口々に叫んだ。

その時初めて、マルの目から涙が止めどなく溢れ、マウンドの土を黒く湿した。

マルは今日まで、みんなとソフトボールをすることができて、本当によかったと思った。


   ◇   ◆   ◇   ◆


部活からもとうに遠ざかり、秋風の吹く頃
そろそろ就職先を探さなくちゃ、と思い始めたマルはある日の終業のチャイムの後に、校長室に呼ばれた。
え? 私、なんか悪いことしたっけ? と戸惑うマルの前には、
ハゲ頭の校長先生と、もうひとり
無精髭を生やした、背の高い男が立っていた。
どこかで見た顔だなあ、と思ったら、
あの地区予選の日、朝からグランドの近くをうろついていた、胡散臭い男の人だったことを思い出した。
彼は名刺を1枚、無造作に差し出した。
マルが生まれて初めて受け取った名刺には、
私立日高見高校ソフトボール部監督、と書かれていた。

その学校の名前は、さすがにマルも知っていた。
県下でも有名な、スポーツ校だった。




お玉さんの『玉猫戦隊オーブファイブ【イエロー★猫家マル】』にトラックバックしています。
球児・マルちゃんの晴れ姿を見たい方は、ぷよぱぱさんのサイト




最新の画像もっと見る

16 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
今涙をこらえながら (お玉)
2004-10-06 21:26:53
虎記事描いてます。

まっててください!



あぐりこさん!

もう~、泣かせやがってこのやろう!

マルがかわいくてしかたありません。
返信する
お玉さん、早かったですね。 (あぐりこ)
2004-10-06 21:36:26
アップして5分以内でアクセスするとは、

さすがに敏腕係長、玉猫戦隊の陰の立役者。

このところの超激務の乗り切るその気迫には、

鬼気迫るものがあります。



ありがとう。

気に入ってくれたでしょうか。

マルちゃん、なんか他人でないような気がしますよ。
返信する
実はね (ぷよぱぱ)
2004-10-06 23:18:45
★あぐりこさん

 イエロー=マルで行こうって、即決だったんですよ。

 その時点から、お玉さん、入れ込んでいましたから。

 でも、ここまで一気に「バックストーリー」が出来上がるとは思いませんでした。

 脱帽です。
返信する
・・・。 (Ken)
2004-10-06 23:43:03
さっきから、なんだかモニタがかすんで見えないんですけど。



もう、おそれいりました。
返信する
ぷよぱぱさん、 (agrico)
2004-10-07 08:31:13
私こそ、皆さんのお陰で書かせてもらってるのですよ。

イエロー・マルが記事に上がった時に、

あぁ、ここまで来ればもう逃げられない、と思いました。

けれどあれは私のちょっと苦手な分野なので、

無理やりこちらの世界に引き込んでしまいました。



大きな企画、本当にご苦労様です。

応援してますよ。

恐らくは、どこかに大波紋を起こすような気がしますね。

仕事はいつだって、主任さんが頑張るんですね。

ありがとう。
返信する
Kenさんへ (あぐりこ)
2004-10-07 08:37:55
実は私は野球もソフトボールも、ルールさえよくわからないのです。

カバーしている分野が狭いんですね。

だからKenさんのblogでも、あまりみんなに混じれないことが多いんですよ。

だから今回また、強引にこちらに持って来てしまいました。

ソフトのルールなんかで、間違ったことがあったら、教えてくださいね。

こちらは昨日まで大雨だったので、幸いと言うか・・・。



課長兼指令、陰ながら応援するでありますっ!
返信する
緊張感 (Veronica)
2004-10-07 13:38:26
頭から読みながら、すごく緊張感がありました。

最後は残念な結果になったけど、それが後の自分には

何よりいい経験になるんだろうと思っています。

実際の生活の中でもこんな事よくありますよね。

将来、もっとえらくなる自分のために頑張って行こう~

返信する
Veronicaさん、 (agrico)
2004-10-07 16:46:01
そうですよ。

表面上勝つばかりが、いいとは限りません。

成功ばかりが、自分にいいこととは限りません。

いい人生を生きるには、負けることも、失敗することも大切なんですよね。

負け続けて幸せになれる、

そんな人生も、本当は面白いかもしれません。



勝ってばかりの人は、意外と幸せになれないかもね。
返信する
Unknown (アリー)
2004-10-07 17:57:57
>負け続けて幸せになれる、

そんな人生も、本当は面白いかもしれません



ああ、いいなあ・・。
返信する
お互いに、 (agrico)
2004-10-07 21:05:37
そんな人生に、挑戦してみましょうよ。

目先の勝ち負けや、損得が一番大切なものじゃあないってことを、

自分の生き方で証明してみせましょう。

競争しなくても、張り合わなくても生きていけるって、

実践してみましょう。

みんなと同じことをしなくても、幸せになれるんだって、

やってみましょうよ。

そんな風に生きて、死ぬのって、

とても魅力的に見えますよ。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。