【第一場 枯葉剤ってなに？】
梅雨を迎え、ぐいっと勢いよく背を伸ばした稲をかきわけて、じっちゃんがひとり田の草を抜いている。四つんばいの姿は見るからにしんどそうだが、そこは老いたりとはいえ長年鍛えた丈夫な足腰、休まず弛まず前に進んでいく。汗ばんだ背中を、緑色をした初夏の風が撫でていった。
【ナレーション】３年前に「環境を守る」意識に目覚めたじっちゃんは、若いもんの未来のため将来のために美しい自然を取り戻そうと、一念発起して「無農薬での米作り」に取り組んでいます。けれど１年目は大減収、２年目は草ぼうぼうと毎年なにかと苦労続きです。それでもなんとか老骨に鞭打って、今日もじっちゃんは田んぼに出て草取りをしているところです。
じっちゃ（ふと腰を伸ばして）「あ～あ・・・やっぱ歳はとりたくねえもんだな。ちょっと草取ると、すぐに疲れちまう。昔はこんなじゃなかったによ。あれ？そういや、サトシはどごさ行った？さっきまであそごらにいだはずだったが・・・」
ちょうどそこへ向こうから若者が歩いてくる。孫のサトシだ。手には大きなカエルをつかまえてる。
じっちゃ「や！サトシ。おめ、どごさ行っでだ？」
サトシ「あぁ、じっちゃ。ほら、向こうでこんなカエル捕まえたんだけど、これって、なんていうカエルだろ？」
じっちゃ「なになに・・・あぁこりゃあ、ガマガエルだべ」
サトシ「え？これがガマガエルなのかぁ。オレ、初めて見たよ」
じっちゃ「ほれ、そごの池さ、この春黒いちゃっけえおたまじゃくしがうじゃうじゃいたろ？あれがその子っこだ」
サトシ「へええ・・・じっちゃはよく知ってるね」
じっちゃ「オレもわらしの時にゃあ、よぐこれ捕まえて遊んだもんよ。しかし、ガマガエルなんぞしばらく見ねがったが、よぐ見つけたな。これも農薬撒かなくなったせいかもしんねえな・・・ところでサトシ、おめえ、田の草取んねで、こんなごどして遊んでたんか！」
サトシ「あ、つい夢中になっちまって・・・」
じっちゃ「おめえ、田んぼに出ても、働くより遊んでる方が多いでねえが！あんま年寄りばり働がせんでねえ！」
サトシ「あぁ、わかったよ。・・・しっかしまた、随分、草はえてるね」
じっちゃ「あぁ、ホントにな。・・・こんなん草、いっそのこと、除草剤でも撒きゃあ、いっぺんになくなっちまうんだがな」
サトシ「除草剤？・・・除草剤って、そんなに凄いの？」
じっちゃ「ああ、強力なのもあるぞ！」
サトシ「そういえばさ・・・じっちゃ、『枯葉剤』って、知ってる？」
じっちゃ「枯葉って、あの・・・」
サトシ「そうさ、あれさ」
じっちゃ「あの、年寄りが車に付けてるあれだべ？」
サトシ「・・・違うよ！あれは、なんだっけかな、そう、もみじマーク！ それじゃなくって、昔ヴェトナム戦争の時に使われた薬のことさ」
じっちゃ（首をかしげながら）「んん・・・よくわがんね」
【ナレーション１】
「枯葉剤」とは、ヴェトナム戦争の時に米軍によって用いられた化学兵器です。当時、ジャングルに潜んでゲリラ戦を展開するヴェトコンに悩まされていたアメリカ軍は、いっそのことヴェトコンの潜むジャングルそのものを枯らしてしまおうと考えました。
1962年から1971年にヴェトナムに撒かれた枯葉剤は67,015トン。これによって131万haの森林・マングローブ林、耕作地が壊滅しました。これは岩手県の総面積の、なんと86％に相当します。その結果ベトナムは国土の10分の１に当たる、多くの森林資源、農地、水産資源を失いました。しかしそればかりではありません。
枯葉剤の中に不純物として含まれていたダイオキシンが、ヴェトナムの土と水と人体を汚染してしまったのです。人々は長い間激しい頭痛や腹痛、麻痺や身体障害に苦しめられました。女性は流産し、子どもを産んでも、「ベトちゃんドクちゃん」で知られるように、数多くの奇形児が生まれてしまったのです。
一方、ベトナム帰還兵にも異常が続出しました。これもやはり枯葉剤や不純物のダイオキシンが原因であることがわかってます。
ダイオキシンは一度環境中に放出されると、長い間そのままの形でとどまり続けます。枯葉作戦が終わってから20年経った時点での調査では、撒布された地域の土壌の汚染度は他の地域より１３倍も高く、そこに住む人の脂肪に蓄積されているダイオキシン濃度はなんと２０倍にも達することがわかりました。また、頭蓋骨が開いたまま生まれてくる子供や指に異常をもって生まれてくる子供の確率も３倍高くなっています。 1960年代に撒かれた枯葉剤は、今もヴェトナムにたくさんの重度の障害や疾病、また数多くの奇形児を産み続けているのです。
（つづく）
梅雨を迎え、ぐいっと勢いよく背を伸ばした稲をかきわけて、じっちゃんがひとり田の草を抜いている。四つんばいの姿は見るからにしんどそうだが、そこは老いたりとはいえ長年鍛えた丈夫な足腰、休まず弛まず前に進んでいく。汗ばんだ背中を、緑色をした初夏の風が撫でていった。
【ナレーション】３年前に「環境を守る」意識に目覚めたじっちゃんは、若いもんの未来のため将来のために美しい自然を取り戻そうと、一念発起して「無農薬での米作り」に取り組んでいます。けれど１年目は大減収、２年目は草ぼうぼうと毎年なにかと苦労続きです。それでもなんとか老骨に鞭打って、今日もじっちゃんは田んぼに出て草取りをしているところです。
じっちゃ（ふと腰を伸ばして）「あ～あ・・・やっぱ歳はとりたくねえもんだな。ちょっと草取ると、すぐに疲れちまう。昔はこんなじゃなかったによ。あれ？そういや、サトシはどごさ行った？さっきまであそごらにいだはずだったが・・・」
ちょうどそこへ向こうから若者が歩いてくる。孫のサトシだ。手には大きなカエルをつかまえてる。
じっちゃ「や！サトシ。おめ、どごさ行っでだ？」
サトシ「あぁ、じっちゃ。ほら、向こうでこんなカエル捕まえたんだけど、これって、なんていうカエルだろ？」
じっちゃ「なになに・・・あぁこりゃあ、ガマガエルだべ」
サトシ「え？これがガマガエルなのかぁ。オレ、初めて見たよ」
じっちゃ「ほれ、そごの池さ、この春黒いちゃっけえおたまじゃくしがうじゃうじゃいたろ？あれがその子っこだ」
サトシ「へええ・・・じっちゃはよく知ってるね」
じっちゃ「オレもわらしの時にゃあ、よぐこれ捕まえて遊んだもんよ。しかし、ガマガエルなんぞしばらく見ねがったが、よぐ見つけたな。これも農薬撒かなくなったせいかもしんねえな・・・ところでサトシ、おめえ、田の草取んねで、こんなごどして遊んでたんか！」
サトシ「あ、つい夢中になっちまって・・・」
じっちゃ「おめえ、田んぼに出ても、働くより遊んでる方が多いでねえが！あんま年寄りばり働がせんでねえ！」
サトシ「あぁ、わかったよ。・・・しっかしまた、随分、草はえてるね」
じっちゃ「あぁ、ホントにな。・・・こんなん草、いっそのこと、除草剤でも撒きゃあ、いっぺんになくなっちまうんだがな」
サトシ「除草剤？・・・除草剤って、そんなに凄いの？」
じっちゃ「ああ、強力なのもあるぞ！」
サトシ「そういえばさ・・・じっちゃ、『枯葉剤』って、知ってる？」
じっちゃ「枯葉って、あの・・・」
サトシ「そうさ、あれさ」
じっちゃ「あの、年寄りが車に付けてるあれだべ？」
サトシ「・・・違うよ！あれは、なんだっけかな、そう、もみじマーク！ それじゃなくって、昔ヴェトナム戦争の時に使われた薬のことさ」
じっちゃ（首をかしげながら）「んん・・・よくわがんね」
【ナレーション１】
「枯葉剤」とは、ヴェトナム戦争の時に米軍によって用いられた化学兵器です。当時、ジャングルに潜んでゲリラ戦を展開するヴェトコンに悩まされていたアメリカ軍は、いっそのことヴェトコンの潜むジャングルそのものを枯らしてしまおうと考えました。
1962年から1971年にヴェトナムに撒かれた枯葉剤は67,015トン。これによって131万haの森林・マングローブ林、耕作地が壊滅しました。これは岩手県の総面積の、なんと86％に相当します。その結果ベトナムは国土の10分の１に当たる、多くの森林資源、農地、水産資源を失いました。しかしそればかりではありません。
枯葉剤の中に不純物として含まれていたダイオキシンが、ヴェトナムの土と水と人体を汚染してしまったのです。人々は長い間激しい頭痛や腹痛、麻痺や身体障害に苦しめられました。女性は流産し、子どもを産んでも、「ベトちゃんドクちゃん」で知られるように、数多くの奇形児が生まれてしまったのです。
一方、ベトナム帰還兵にも異常が続出しました。これもやはり枯葉剤や不純物のダイオキシンが原因であることがわかってます。
ダイオキシンは一度環境中に放出されると、長い間そのままの形でとどまり続けます。枯葉作戦が終わってから20年経った時点での調査では、撒布された地域の土壌の汚染度は他の地域より１３倍も高く、そこに住む人の脂肪に蓄積されているダイオキシン濃度はなんと２０倍にも達することがわかりました。また、頭蓋骨が開いたまま生まれてくる子供や指に異常をもって生まれてくる子供の確率も３倍高くなっています。 1960年代に撒かれた枯葉剤は、今もヴェトナムにたくさんの重度の障害や疾病、また数多くの奇形児を産み続けているのです。
（つづく）
