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国際機関ICPOの中国人総裁はなぜ消えたか

2018年10月10日 10時08分58秒 | 国際・社会
人が簡単に行方不明になる中国という国

 ルパン三世の銭形警部が所属するということで、日本ではその名が子供でも知るようになったICPO(国際刑事警察機構、インターポール)。そのICPOの中国人の総裁・孟宏偉が9月25日以降、忽然と姿を消した。家族もICPOもフランス当局もその行方がわからず、家族はフランス警察に捜査を依頼した。ICPOは中国当局に「うちの総裁の行方、ご存じですか?」と問い合わせた。それから2週間たち、10月8日になって中国国内で国家監察委員会の取り調べを受けていることが判明した。それとともにICPOは孟総裁の辞表を受理し、副総裁の韓国人、キム・ジョンヤンが総裁代理となった。国際機関の現職トップが突然行方不明になり、その機関もあずかり知らぬ間に中国で拘束され取り調べを受けていたなど、前代未聞だし、ICPOのメンツも、あったものではない。中国にしても、史上初の中国人ICPO総裁を失う損失は大きいはずだ。

 ではなぜ今、こんなことが起きているのか。

 国家監察委員会は今年3月に設立した新機構で、党中央規律検査委と連動して党員のみならず幅広い公職者、つまり公務員や全人代代表、国営企業幹部らの汚職容疑を取り調べる捜査機関。おそらく孟宏偉ケースはこの機関が新設されて初めて経験する大物の取り調べといえるだろう。

 中国では党幹部に関しては、伝統的に警察・検察機関の取り調べの前に、党中央規律検査委員会の「双規」と呼ばれる取り調べを受ける。そこで罪の有無・軽重を政治的に判断されたのち、司法機関に移送されるのだが、この「双規」というのは、呼び出しを受ける場所と時間が指定されているだけで、拘留期間の明確な制限もなければ、家族に通知もなく、秘密裡に行われるため、取り調べ過程で拷問が行われることもあるなど、近代法治国家ではありえない制度だった。そのあたりを問題視されていたので、今年、憲法上にもその位置づけを明確に規定されている国家監察委員会が作られ、その法的根拠となる国家監察法も制定された。

 だが、やっていることは双規とそう変わらない。留置期間に3カ月(最長6カ月)と期限を設けたぐらいで、逮捕状が用意されるわけでも、拘束を家族に通知する義務もなく、また弁護士の立ち合いもない。一度、中国の体制内法学者に、なぜ監察法において被疑者の弁護士立ち合いの権利を認めないことにしたのか(専門家の議論の中には、法治国家を名乗るためには、被疑者に独立した弁護士をつける必要性を主張する意見もあった)たずねたことがあるのだが、「君たちの言いたいことはわかるのだが、中国において弁護士という職業は司法を破壊する存在とみなされているのだ」と説明された。

 汚職の取り調べについては、こうした共産党体制独特のルールの下で行われているので、双規にしろ監察法にしろ、被疑者は忽然と社会から失踪したように見えるのだ。長い時でこの失踪機関は監察法に基づいても、ときに6カ月に及ぶ。この失踪状態の間は、被疑者自身や家族にとって、どのような処分を受けるのか、なんで拘束されているのかもわからない地獄のような時間である。孟宏偉に関しては、失踪期間が2週間ほどで済んだのがむしろ幸いであったかもしれない。大富豪・蕭建華は2017年1月に香港のフォーシーズンズホテルから忽然と姿を消して以来、まったくもって消息不明だ。


孟宏偉とはどんな人物か

 さて、ICPO総裁という国際機関の要職につき、妻子ともにフランス・リヨンにいた孟宏偉はなぜ突然帰国したのか。そして帰国した北京空港で身柄拘束され、違法行為(おそらく汚職)容疑で取り調べを受ける羽目になったのか。このあたりのことは、現段階では全くわからない。だがわからないからこそ、ゴシップコラム書きとしては、いろいろ想像を掻き立てられる。

 まず孟宏偉とはどんな人物か。1953年ハルビン生まれ。文革後期の1972年から共産党府活動に参加、75年に入党。北京大学法学部を卒業後は、頭が良かったのであろう、中南工業大学管理工程専科を卒業して工学博士の学位も取っている。1989年のチベットにおけるパンチェン・ラマ10世の暗殺疑惑がある急死事件当時、同姓同名の人間が臨時警衛任務の責任者であったことから、暗殺(疑惑)事件の実行犯の一人ではないか、という噂が付きまとう。

 習近平の政敵として2013年に失脚させられた周永康が公安部長時代の2004年、公安副部長、ICPO中国国家センター長に取りたてられており、周永康閥の主要メンバーのひとりと目されていた。2012年3月には次長職(党委員)継続のまま国家海洋局副局長、海洋警察局長に任ぜられたのは周永康の威光がまだ残っていたからともいえる。だが、周永康失脚が確定後も連座せず、2016年にはICPO総裁に初の中国人官僚として選出され海外駐在勤務についているからには、それなりに習近平からも信頼されるだけの有能な人物という評価もあった。

 習近平政権は2014年から「キツネ狩り行動」と呼ばれるキャンペーンを張って海外逃亡腐敗官僚・公務員の逮捕、中国送還に力を入れてきたが、孟宏偉がICPOトップになったことで、国際指名手配の発行や中国司法機関と逃亡先国家の地元警察との連携などがスムーズになったという評価が2017年1月の段階では中国公式メディアなどで報じられている。つまり孟宏偉は忠実に習近平政権のもとで職務を果たしていた、と思われていた。

 ところが2017年暮れあたりから風向きが微妙になっていた。まず2017年12月に海洋局副局長、海警局長職が解任され、2018年4月には公安部の党委員から外された。2018年1月に全国政治協商委員(参院議員に相当)という名誉職に選出されたので、単なる年齢的な引退だろうという説と、失脚の前触れではないか、という説が出ていた。結果から見れば、失脚の前触れであったということになる。


習近平の不興を買った?

 では、なぜ今のタイミングで彼は失脚せねばならなかったのか。

 ゴシップレベルの話でいえば、ICPO総裁としての仕事の上で、孟が習近平の不興を買った説がある。今年2月、ウイグル人権活動家で世界ウイグル会議総裁のドルクン・エイサに対して出ていた、テロリスト容疑の国際指名手配書をICPOが撤回したのだ。これをきっかけに欧米メディアに中国のウイグル弾圧問題関連の記事が急増。習近平はこれを“裏切り”と激怒したという説がある。

 もう一つは、今年7月にフランス南部で起きた海南航空集団会長の王健の“転落事故死”(多くの人が事故死とは信じていない)に何等かの関与がある、あるいは事情を知っていたのが孟であり、この情報が外部に漏れてはならじと急いで口止めをする必要があった、と言う説。王健の死が噂されるように、海南航空集団と王岐山や習近平にかかわるスキャンダルへの口封じであるならばフランスに駐在する公安幹部の孟宏偉が何か情報をつかんでいたり関与していたりしたとしても不思議はない。

 もう一つは中国公安部が公式に発表している収賄容疑。すでに失脚している周永康の「害毒」の排除だ。昨年秋の党大会以降、習近平による公安幹部の入れ替え人事に伴って、新たに腐敗容疑で取り調べを受けている幹部が何人かいた。腐敗容疑取り調べの建前で、公安内に残る周永康の“遺毒”を洗い出し徹底排除したいというのが習近平の本音だ。この取り調べ過程で、習近平に忠実そうに見えた孟を疑うにたる証拠をつかんだのではないか、と言う説。あるいは自分に疑惑の目が向けられていることにおびえた孟宏偉が、公安幹部時代を通じて手に入れた情報・機密を手土産に米国やフランスに亡命を画策していると疑われた可能性。成都の米総領事館に駆け込んで亡命を求めた重慶市公安局長の王立軍と同じパターンだ。孟宏偉はこれまで公安実務派として、麻薬取り締まり、アンチテロ、辺境コントロール、移民管理、国際協力、海警局の方面で実績を積んでおり、こうした仕事は軍部との連携も必要だ。つまり孟の握る情報・機密というのは、外国政府の安全保障上からみてもかなり値打ちがある。

 ひょっとして本当に亡命準備をしていたのではないか、と思ってしまうのは、孟宏偉の妻の奇妙な行動である。まず妻子がリヨンにいたというのは、ちょっと驚いた。と言うのも、自分の忠誠を指導者に試されていると自覚している高級官僚が海外勤務に就くとき、妻子のいずれかを本国に人質替わりに残すことが多いのだ。臆病な人は、夫婦同時期に海外出張に出ることすら、亡命を企てているのではないかと疑われないように慎重になると聞いている。孟宏偉の妻子がリヨンにいて地元警察の庇護下に入ったというのは、偶然だろうか。中国に戻った夫に妻はスマートフォンのSNSで「電話を待っていろ」とのメッセージを受け取って、4秒後にナイフの絵文字が送信されたので地元警察に届けたという。

 このナイフの絵文字はスマートフォンを奪った者からの脅迫なのか、あるいは夫が自分の身に危険が迫っているというシグナルなのか。妻はこの数日後、欧米メディア相手に記者会見まで開き、「真相と正義を追及してほしい」と訴えている。これは中国の高級官僚の妻の行動としては尋常ではない。妻はグレースと名乗っているがこれは偽名なのか。偽名でなければ外国人? いやこのクラスの高級官僚の妻が外国人であることは許されない。後ろ姿の印象では64歳の孟の妻にしてはずいぶん若そうだ。ならば内縁の妻(内縁の妻の場合は外国籍もありうるが)? いずれにしても中国人の共産党幹部の高級官僚の妻であれば、こうした行動が共産党への敵対行為と受け取られることは承知のはずだから、これは相当覚悟を決めたアクション、つまり国家と党を捨てることを覚悟をした者の言動ではないか。

 そう考えながらこの事件を眺めていると、これは傍目に見る以上に複雑な背景があるかもしれない。時間がたてば、もっと真相に近いところから情報が漏れ出てくることだろう。


頭に袋をかぶせられて拉致

 あらためて思うに、中国では意外に簡単に人が消える。范冰冰は忽然と姿を消してから120日あまり音信不通だった。香港蘋果日報の報道を信じるならば、彼女は南京市のショッピングモールの20階にある有名占い師(占い料200万元!)のところにいるとき、とつぜん頭から袋をかぶせられて公安当局に拉致されたという。巨額とはいえ脱税しただけで、3カ月も社会から消滅していた。2017年1月に香港の五つ星ホテルから姿を消した大富豪・蕭建華は今に至るまで、どこにいるのか、生きているのかどうかも明かされていない。

 范冰冰も蕭建華も孟宏偉も、地位も金も知名度もある国際的有名人だから失踪したら、外国メディアも騒ぐが、中国国内では、ウイグル、チベット、人権活動家、民主化運動家、弁護士、ジャーナリスト、陳情者、ヒラ官僚といった人たちが毎日のように、音もなく消えて、時にはしばらくたってからひそやかに日常に戻り、時にはそのまま忘れさられ、時にはあとから実は逮捕されていたことが公表され、時には事故死や自殺の遺体と言う形で発見されたりする。

 私はそういう失踪して戻ってきた当事者から、その間何があったのかといった話を聞く機会が何度かあったが、実に恐怖である。いきなり頭に袋をかぶせられて拉致されて、知らない場所で、取り調べ官から身に覚えのない罪の尋問を延々と行われるのだという。「一番怖いのは、私がこうして社会と隔絶されたところで監禁されていることを、家族も友人も誰も知らないということ。このまま私が消えても、誰も私の身に何が起きたかを知らないまま」と彼らは語った。

 それは中国では、さほど特別なことではないのだ。私も消えることがあるかもしれないと思う。だから、もし私が消えたら、どっかに監禁されて尋問されているかもと思って、とりあえずがんがん報道してほしい。

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