No Room For Squares !

レンズ越しに見えるもの または 見えざるもの

本当の茨城を貴方は知らない〜(最終回)セーラー万年筆は旅のハイライト

2019-08-25 | 街:茨城







今回の旅のハイライトは、この「セーラー万年筆」だ。もう言葉にならない。現役の店舗で、通りすがりのオバさんの話では、煙草のカウンターもあるらしい。見たかったけど、これも時の運なので、やむを得ない。さらば茨城、またの日まで。

X-PRO2 / XF23mm F2.0R WR




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本当の茨城を貴方は知らない〜⑤常陸太田に来た!

2019-08-24 | 街:茨城









栃木の佐野を朝に出発し、茨城の真壁町を散策した。当初の予定では、再び栃木に戻り、真岡市で「みんみん」の餃子を食べ、散策後に帰路につく筈だった。真壁町が思ったより良い町で気を良くした僕は、そのまま茨城を北上し、「常陸太田」まで行くことを決めた。
一枚目の建物の写真を撮っていると、通り掛かりのオジさんが車から降りてきた。どうしたと思ったら、「こういうの好きなんですか?」と話し掛けてきた。「これ、もうすぐ解体されちゃうんですよ」と。もうここは、良い町に決まっている。ここまで足を伸ばして良かった。そう確信した瞬間だった。

X-PRO2 / XF23mm f2.0R WR


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本当の茨城を貴方は知らない〜④街道にて、貴方ならどうする?

2019-08-23 | 街:茨城





貴方は初めて訪れた町を車で走っている。時刻は丁度お昼である。貴方は、この後昼食を食べ、もう一つの町を訪れる予定である。その町から自宅に帰るまで、約6時間も掛かる。いちいち寄り道をしていては、この後の帰路に影響が出てくる。

でも、やっぱり寄りますよね。こんなお店を見つけたら。四方から撮っちゃいますよね。撮ってどうなる訳でもないけど、それが写真撮りの習性だから。もう犬が電柱を見つけたら、リードを引っ張ってでも近づいて、おしっこをするようなものだから。そんな訳で、最後の町へと急ぎます。

X-PRO2 / XF18mm F2.0R
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本当の茨城を貴方は知らない〜③それはレトロではない、営みなのだ

2019-08-21 | 街:茨城







昔ながらの町並みを保つ景観、もっといえば多くの人の鼻腔をくすぐる昭和を連想させる光景。もちろん僕だって大好きだ。それらの光景には、「昭和レトロ」という表現が使われる。でも僕は、心のどこかで「なにか違う」という想いも持っている。例えば、この茨城県真壁町のお菓子屋さん。このお店は何の仕掛けもないのである。無理やりコピー品の琺瑯看板を貼り付けたり、そんなことは絶対にしないだろう。このお店は、昭和の時代から滔々と営みを続け、住民から支持され、現在に至るまで店として成り立っている。そこに価値があり、敬意を表すべきなのだと思う。建物の外観とか、店内の陳列が「レトロ」という、表面的な現象ばかりに目を向けてはいけない。

つまりレトロというのは、この営みを見た際に、我々の心に生じる想いなのであり、古ければレトロといって喜ぶのは本末転倒なのである。明治だって昭和だって、当時はそれが最先端だったのだから。

※真壁町は終わっても、茨城シリーズ続きます。


LEICA M MONOCHROME(CCD) / SUMMICRON M35mm ASPH
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本当の茨城を貴方は知らない〜②秋田県と真壁町の意外な関係

2019-08-20 | 街:茨城








真壁町が古くからの町並みを残す魅力的な場所であることは何となく知っていた。場所を調べると、非常にわかり難い位置にある。鉄道の駅からも遠いし、すぐ近くに高速道路のICがあるわけでもない。何故そんな所が栄えたか、インターネットで調べてみたものの、明確な理由は分からなかった。かろうじて分かったのは、江戸時代に木綿を東北地方に流通する経由地となり、交易が活発だったこと。そして明治以降は、「真壁石」という石が墓石用として人気を博したことである。もう面倒なので、とにかく行ってみることにした。

(以下は、現地の伝承館とインターネットで後から調べたことだ。)
真壁町(桜川市真壁町)の基本的な町並みは、戦国時代に出来たそうである。当時、町を治めていたのが戦国武将の真壁氏であり、それが町の名の由来である。真壁氏は、常陸国を統治する佐竹氏の家臣であった。だが佐竹氏は、関ヶ原の戦いで徳川側に付かなかった責を問われ、羽後国に領地替えとなる。完璧なる左遷である。真壁氏は佐竹氏と共に羽後国に行ったという。真壁氏なき後、真壁町は浅井長政の領地となった。

ちなみに佐竹氏が左遷された羽後国とは僕の住む秋田県のことである。現在の秋田県知事は、この佐竹氏の末裔である。そして真壁氏は、秋田角館にて角館城主となったという。あれ、マイナーな茨城の町に行ったつもりが、何故か繋がってしまった。惜しむらくは、近くに鄙びた温泉さえあれば、僕は再びこの地を訪れて夕方まで歩き回りたいと思うのである。なんといっても、この日は35度オーバーの猛暑日。朝から茹で上がってしまい、不完全燃焼であった。

X-PRO2


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本当の茨城を貴方は知らない〜①真壁町にたどり着いた理由

2019-08-19 | 街:茨城





恒例の北関東弾丸ツアー(自主ツアー)。栃木の足利と佐野に行ったあとは、フェイントを入れて茨城県に足を踏み入れた。僕が茨城県に最後に行ったのは、はるか昔の大学生時代だ。東京に来て最初に住んだアパートは代々木上原にあった。最寄りの代々木上原駅からは、なぜか「取手行き」の直通列車(地下鉄・千代田線)が走っていた。それが気になり、ある日思い立って取手まで行ってみた。・・・。特別なことは何もなく、ただラーメンを食べて帰ってきた。もうひとつ、竜ヶ崎にも行った。これはアルバイトだった。アルバイト先は当時ブームだった「レンタルビデオ屋」さんをプロデュースする会社だった。僕は学生なのに「レンタルビデオ屋開業のプロ」と詐称し、開店準備やらアルバイト教育に行った。本来は社員がする仕事を、人出不足でだまし討ちのように派遣されたのだ。仕方なく覚悟を決めたが、現地のアルバイトは反抗的で、針のムシロのような一週間を過ごした。僕一人で、反抗的なヤンキーみたいなバイト10人を抑えないといけない。バイト先会社の社長は「言うことを聞かない奴がいたら、構わないからぶん殴れ」と言ったが、アメフトとかをしているガタイの良い奴もいて、殴れるわけがない。いまでも辛いことがあると、あの時頑張れたのだからと自分に言い聞かせる。

話がずれた。そういうことだから、「お前は本当の茨城を知らない」と誰かから言われているような、喉のつかえがあった。それを今回解消するのである。行った先は、まず「真壁町」。昔の家屋と町並みが残る素敵な町だ。こんな町があるなんて、茨城は凄い!。凄いけど、これ本当の茨城なんだろうか(続く)。


LEICA M MONOCHROME(CCD) / SUMMICRON M35mm ASPH
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