波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

白い嶺

2016-09-11 18:09:14 | 超短編童話





北国へ帰る季節になっても、飛び立たずにいる鴨のことを
残る鴨といいます。
この湖には、そんな鴨が一羽いて、アヒルが傍についていろいろ慰めていました。
「ほらあそこに、雪をかぶったアルプスの峰が見えるだろう」
 と鴨が、嘴で山を指し示して言いました。
「ええ見えるわ。連なった山のなかでも、一番高くそびえている白く耀いている山でしょう」
そう答えるアヒルの体も、白い山と同じ輝きを放っていました。
「鴨の群れが、この湖を飛び立って北国へ帰るときも、毎年あの白い嶺を越えていくんだよ。ぼくは飛び立てなかったから、いつも目の前に白い嶺が浮かんでいて、夢の中でも飛び越えよう、飛び越えようと、もがいているんだ。でも、飛びこせない。疲れていくし、そうするとよけい眠れなくなる」
そう訴える鴨は、鴨の目らしくない赤い目の色をしていました。鴨の苦しみは分るものの、何もしてあげられないのが辛く、アヒルは考え込みながら、湖の水面を半日近くもめぐっていました。このアヒルは朝日が昇っても、気づかずに眠っているほうでしたから、眠れない鴨にすまないと思いました。
水に委ねて水澄しのようにめぐっていると、自分らしくもない良い考えが浮かんできました。その思いつきを忘れないように、繰り返し繰り返し、頭に込めながら、鴨に近づいて行きました。
 アヒルは山の白い嶺に向かって30メートルほど泳いで行き、そこで体を横にして言いました。
「鴨さん、あなたはあの白い嶺に向かって、翼で羽搏きながら、水面を私の方へ走って来るの。鴨の群れが飛び立つときみたいに、水面を足で蹴りながら走って来るの。飛ぶんじゃないからできるよね。そうやって私という障害物にぶつかったら、あの白い嶺だと思って、ぴょんと飛び越えるのよ。一度や二度ではなく、何度でも挑戦するの。あなたのためなら、私は何度でも、首を縮めて、実験台になるから。首を縮めて低くしたほうが、飛び越えやすいでしょう、こうやって。私を飛び越せば、あの白い嶺を飛び越えたことなんだからね」
アヒルはそう言って、首を低くして、鴨が来るのを待ち構えました。
鴨が走り出しました。アヒルまでの30メートルの距離を、翼を出して水掻きの付いた足で水面を蹴りながら走り出しました。ところが何と言う誤算でしょう。アヒルまで10メートルの距離を残して、空中に浮上してしまったのです。
アヒルは縮める必要のなくなった首を伸ばして、そのまま北方へ飛んでいくように合図を送りました。鴨はどんどん上昇していきましたが、アヒルが言ったようにはせず、水面に戻ってくると、アヒルに並びました。
「どうして、行かなかったの?」
 とアヒルが訊きました。
 鴨は何も言いませんでした。それが応えのつもりだったのです。

    おわり

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