波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

白いスニーカー

2018-09-08 01:01:04 | 超短編


 新聞配達の学生が、朝刊を配り終えての帰路、いつもそうしてい
るように、近道の草原を通った。軽くなった自転車を飛ばしていく
と、前方から手ぶらで軽装の、白いスニーカーの女性がやって来る。
身ごなしの軽さもあって、散歩中と見受けられる。 
 野の中を通る狭い道なので、学生は自転車のスピードを落とした。
すれ違いながら、学生は少し気になって隣に目をやった。驚いたのは
白いと思っていたスニーカーが、草の汁で斑に緑に染まっていたこと
だ。靴から顔を上げてもっと驚いたのは、彼女の目から涙が溜り、頬
を伝っていることだった。そそっかしい彼は、それがスニーカーを染
めたと早合点したことだ。しかしそんなはずはない、と彼は通り過ぎ
てしまってから、考え直した。あの涙だって、思い出しているうちに、
ふっと湧いてきたのだろう。そんなことはよくあることさ。
 と、そのときである。
「ハハハ、私って、ッタク、ドウカシテルノヨネ」
 振り返った学生の目に飛び込んできたのは、遠く霞む都会の方角に、
ほぼ九十度向き直って叫ぶ、あの泣いていた白いスニーカーの女の姿
だった。女の声は山もないのに、木霊のようによく響いた。
~本当に、どうかしてたんですよ、あなたは~
 学生は女を慰めるように、あるいは励ますように、そう呟くと、自転車
をいつものように飛ばして、野の道を帰って行った。

  おわり

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