◇ 泣いた人形
マミがいつも連れ歩いているフランス人形の顔が、あまりにも汚れていましたので、小川の水につけて、洗ってやりました。
ピチャピチャ。
水に映ったマミの顔も、人形に劣らないほど汚れていましたので、人形の隣で俯せになって洗いました。
ピチャピチャ。
隣の人形が、変な声で泣きだしました。しまった。人形の顔を水につけたままだったのです。
フラ子、ごめんね。そう言ってフランス人形を抱き起こすと、
「乾くまで、静かにお座りしてるのよ」
そう言って、土手にお座りさせました。
この時また変な声がしたので、マミは顔を上げました。小川の向こうの土手にポメラニアンがいて、変な声で吠えていました。
さっきフランス人形が泣いたと思ったのも、この犬だったのかしらと、マミはすこしがっかりし、
「あっち行け!」
と言ってやりました。子犬はすぐいなくなりました。どこの犬か分らない、見かけない犬でした。
その時から、何か月かが経ちました。フラ子の顔もまた汚れてきました。マミは時々思うのです。あの時泣いたのは、犬ではなく、やっぱりフラ子ではなかったかと。これまで何もしゃべったことのないフランス人形が、あのとき声を出して泣いたのです。
おわり
◇