goo

理解を操作する

 脳の神経回路の計算機モデルであるニューラル・ネットワーク・モデル*01によれば、脳内の複雑なニューロン結合による計算とは、一つの層の上に実現された興奮(活性化)パターンを次の層の興奮(活性化)パターンに変形する操作、ということになります。この時、層から層への興奮パターンをどう変形するかを実質的に決めているのは、各層の重みづけの全体が構成する〈重みづけ配置〉*02です。ここでいう重みづけとは、シナプスの結合の強さを表しています。
 
生き物たちにとっては、それは経験値の積み上げによってつくりあげられてきたものでした。環境の中の数多くの類似のイメージ(意味)の中から、経験値の積み上げによる〈重みづけ〉によって、理解としてのイメージが抽出されるのです。この経験値の積み上げは、多層構造のニューラル・ネットワークを用いた機械学習であるディープ・ラーニング(深層学習)の成果が示しているように、扱う計算資源、データ量が多ければ多いほど、適切なイメージを抽出する〈重みづけ〉を得る可能性が増していくのです。
 
人間の脳は少なく見積もっても100億(10の10乗、10ギガ)個の神経細胞(ニューロン)で構成されています。さらにその神経細胞同士をつなぐ配線(細胞間結合=シナプス)の数は、1ニューロンあたり数千ともいわれています。すなわち人間の脳神経の配線数は10兆をはるかに超えているのです。人間の脳の中はまさにジリオニクス(Zilionics)の世界といっていいでしょう。ちなみにイヌのニューロンの数は1億6千万個、ネコは3億個といわれています。いずれも脳神経の配線数は1兆を満たしていません。それでも環境世界で存在し、反応し、自分で考え、行動するには十分すぎるほどの知性を持っているのです。
 
人間の脳は、このように多層のニューラル・ネットワークを構成するのに十分すぎるほどの配線数を持っており、そこに多数の構成員による複雑な社会関係の構築と、それによるコミュニケーション・ネットワークの高密度化(すなわち計算資源、データの量)が飛躍的に進行したことが、人類(おそらくは人類だけ)が遭遇しなければならなかった生物学的な試練となった、といっていいのでしょう。その試練によって人類は、他の人間の行動を理解し、反応し、さらにその理解を他者と共有するだけにとどまらず、その理解を“操作”するという対処を余儀なくされていったのです。


*01:ニューラル・ネットワーク /静岡理工科大学 菅沼研究室
*02:ロボットの心―7つの哲学物語/柴田正良/講談社 2001.12.20
 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 理解する能力 言葉の記号操作性 »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。