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歯車

 「からくり」には歯車が詰まっています。回転する速さも、向きも異なる歯車が、大小・たてよこ幾重にも重なって、からから、くるくると回っているのです。
 歯車は2つ以上を組み合わせて初めてその力が発揮されます。大きさの違う歯車を組み合わせることによって、回転速度を変えることができます。小さな回転が大きな回転に変わり、速い回転がゆっくりした回転に変わる。一方からもう一方へと力が伝わり、それがいくつもの歯車に伝わっていくたびに、小さい力、大きい力、向きの異なる力など様々な力に変わっていくのです。
 時間を刻む時計のイメージは歯車がいくつも回転するイメージと重なります。それは“時間”というものに対する一般概念のひとつである“繰り返し”という概念を、まさに時計という機械が歯車の“回転”を利用して具現化したものだからです。時間というものに対する私たちの経験には、時計の刻む音とか、脈拍とか、日とか、月とか、季節の移り変わりの循環とか、そこには常に繰り返す何かが存在している01とイギリスの文化人類学者のエドマンド・リーチ(1910~1989)さんはいいます。


時計の歯車/東芝科学館(現東芝未来科学館)

 しかしリーチさんも指摘するように、時間の一般概念には、それぞれ論理的に異なり、矛盾する二つの異なった種類の経験が含まれています。第一がこの“繰り返し”という概念であり、第二が繰り返しは“ない”という概念です。すべての生けるものは、生まれ、育ち老いて、死ぬ。そしてこれは不可逆的、もとに戻せぬ過程である、とリーチさんはいいます。この相矛盾する二つの概念を共に内包するものが“時間”という概念なのです。
 歯車による調速機構が、時計という機械の中で、正確な繰り返し=時を刻むという働きをする一方で、歯車が幾重にも重なり合い、複雑に力が伝わり合っていくと、思いがけないものを動かす仕組みとなります。そしてそれらが次々に伝搬していくうちに、同じものの“繰り返し”から出発したそれは、繰り返しのない、不可逆なものへ、異質なものへと変わっていくのです。
 田中久重の「弓曳き童子」の精緻な動きはまさにそうしたものといっていいいかもしれません。このようにしてつくりだされた「からくり」は、つくりだしたもの(ヒト)とは、まったく異なる「存在」としてふるまうのです。

01:人類学再考/E・リーチ/思索社  1974.06.20 青木 保、井上兼行訳(原著1961

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