goo

言葉の記号操作性

 “理解”を操作するとは、あることがらを“理解”させるために仲間に向かって発せられる言葉を使って、自らの意図する方向へ仲間の“理解”を導くことです。環境との相互作用の中で生まれた“意味”を、心の中のイメージの再現として“理解”し、それを仲間と共有するために、その“理解”に〈かたち〉が与えられます。その〈かたち〉は記号として、情報伝達などの精神行動の働きを助ける媒体として働くわけですが、そう働くためには、どの場面においても同じ形をしている必要があります。その記号が同じ形をしていることによって、仲間が共通の“理解”することが可能となるのです。
 
その〈かたち〉=記号が組み合わされ“言葉”として確立していったときに、言葉は構文論的構造をもつようになります。構文論的構造とは、ある一定の構成要素を、ある一定の構成規則に従って結合することによってできる構造のことで、その構成要素=〈かたち〉はどの表象に現れても、つねに同じ形をしているので、構文論的構造をもつ言葉もまた、どのような文脈に現れても、つねに同じ形を保つことになります。それゆえ仲間に向かって発せられたそれは、それを受け取った仲間の心の中に同一の文脈のイメージを再現させることが可能となり、同じ文脈の中の“理解”を共有することができるようになるのです。
 
相手に向かって投じられる〈かたち〉は、相手にその〈かたち〉がもつ“意味”を投じることと同じです。当初のその〈かたち〉は、たとえば敵の襲来を仲間に伝える「逃げろ」というような指示的な“意味”をもつ警報“音”のようなものだったのでしょう。それはまさに仲間と同一の時空間の中にいるときに共有する“理解”の〈かたち〉だったのです。そこから次第に〈かたち〉が分化し、〈なまえ〉が与えられ、抽象的なことがらさえ間接的に表現できるようになると、その場の出来事だけでなく、時間も空間も離れた、抽象的な出来事に対しても“意味”と“理解”を与えられるようになっていきます。そこには言葉のもつ構文論的構造が重要な働きをしているのです。
 
構文論的構造をもつ言葉は、どのような文脈の中でも常に同じ形を保っているゆえに、構成要素=記号どうしの順番を入れ替えるといった形式上の操作を可能とします。共有する物理的空間から離れた抽象的な出来事を、具体的な〈かたち〉を使って間接的に表現するうえで、こうした操作が必要となるのです。このように、言葉が記号としての操作可能性を秘めていたことが、“理解”を操作することを可能にした大きな要因だったのです。
 
では仲間同士のコミュニケーションの中で、相手の“理解”を操作する、といった行為はなぜ起こってきたのでしょう。
 
それはこの地球上に人類の敵がいなくなった、ということが大きく作用しています。個体としての人間を凌駕する動物たちは多数存在します。しかし集団としての人間にかなう動物たちはいなくなったのです。そうなると人間の最大の脅威は、ほかならぬ人間ということになります。
 
ずばぬけた“理解”する能力をもつ人間は、ニーチェ*01がいうように、長い数千年間にわたって、すべての未知の生きものに危険を見てきました。人間はそのようなものを見ると、たちまち顔つきや動作の表現を模倣し、これらの顔つきや動作の背後に隠れている悪しき意図の性質を推定したのです。そして地球上のすべての動物たちの力を、種としての人類が凌駕した時、背後に隠れている意図を見抜く能力は、同一種である人間に向けられていきました。相手の隠れている意図を“理解”したうえで、相手の“理解”を自らの意図する方向に導くよう“言葉”を使って操作することが可能となると、彼の立場を集団の中でより有利にすることができたのです。


Illustration of Humpty Dumpty from Through the Looking Glass, by John Tenniel, 1871. Source:http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Humpty_Dumpty_Tenniel.jpg

「その言葉は、僕がその言葉のために選んだ意味を持つようになるんだよ。僕が選んだものとぴったり、同じ意味にね」ハンプティ・ダンプティ
不思議の国のアリス/ルイス・キャロルより

*01:曙光-道徳的偏見についての考察/フリードリッヒ・ニーチェ/ニーチェ全集9 氷上英廣訳 白水社 1980.01.10(原著1881

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 理解を操作する 考える »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。