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認知的流動性

 いまから二百万年前に登場するホモ・ハビリス*01からネアンデルタール人に至るまで、私たち人類の系統につながるすべての初期人類の心は、同じ基本的な型をもっていた*02と認知考古学者のスティーヴン・ミズンさんは指摘します。彼らには道具の製作に向けられた技術的知能、集団の維持に向けられた社会的知能、そして食糧獲得に向けられた博物的知能という特化した三つの領域の知能があり、こうした多様な知能をもつという面で初期人類は我々現生人類ととてもよく似ていたように見える、とミズンさんはいいます。また社会的知能の領域では言語能力(社会的言語)の発達があった、というのです。
 
一方、彼らは我々とはとても違うようにも見える、とミズンさんはいいます。それは、現生人類の心に欠かすことのできない重要な要素が彼らには抜けていた、というのです。初期人類における現生人類との最大の違い、それは言語を加えた四つの知能領域が互いに分離していて、ほとんど相互作用が見られないことだった、というのです。チンパンジーにみられた特化した知能相互の交流を隔てる「厚い壁」は、初期人類にもまだ存在していたのです。
 
ミズンさんはこの壁を超えて四つの知能領域が相互作用することを「認知的流動性」と呼んでいます。この初期人類と現生人類を大きく違える認知的流動性は、いつ、どのようにして生まれたのでしょうか。


ネアンデルタール人の心的状況は、三つの特化した領域が大きく発達し、「社会的知能」の領域に「言語」の領域が生まれますが、これらの間の相互作用はほとんど見られませんでした。
ネアンデルタール人の心/「心の先史時代 スティーヴン・ミズン」*02より

*01:初期のホモ(人)属を総称してミズンさんはそう呼んでいます。
*02:心の先史時代/スティーヴン・ミズン/松浦俊輔+牧野美佐緒 青土社 1998.08.24

 

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複数の特化した知能領域の発達

 地球に根差した生き物たちは「可動性と、正確な視覚と、動的な環境世界のなかで生存に関連する作業をやってのける能力*01の獲得を通して、真の知能を発展させるための不可欠な基盤をつくりあげてきました。このベーシックな基盤をなす知能を、認知考古学を提唱したスティーヴン・ミズンさんは「一般知能(汎用知能)」*02と呼んでいます。現実環境に住み込む生き物たちの行動は、外部環境との相互作用の中で“意味ある振る舞い”を生み出します。この意味ある振る舞いを記憶し、再認識し、また次なる行動を“連想”することによって、彼らは次の段階に進むことになるのですが、ミズンさんは人類の先祖たちがたどったその段階を次の三つに分けています。
 
最初期はベーシックな一般知能(汎用知能)が主に支配していた段階で、第二期はその一般知能を補足するかたちで、特定の行動領域専用の特化した複数の知能領域が生まれた段階です。そして第三期はこの複数の特化した知能が一体となって動いているように見える段階です。ミズンさんは、このうち第二期に生まれた複数の特化した知能を次の三つの領域の知能として分類しています。道具の製作に向けられた技術的知能、集団の維持に向けられた社会的知能、そして食糧獲得に向けられた博物的知能です。
 
チンパンジーの段階ではまだ「一般知能」が中心でした。これらは、食物収集のための決断とか、道具使用についての学習とか、記号の意味の理解を身に着けるとかの、幅広い範囲の課題のために用いられて*02いました。チンパンジーではこうした「一般知能」のほかに、社会的知能という特化した領域が生まれていました。これによりチンパンジーの社会的な世界とのやりとりがより複雑さを増すことになったのです。そして次に、資源の分布についての心の中の大きなデータベースを構築することに関する、博物的知能の萌芽となるような小さな心のモジュール群が生まれた*02のです。
 
しかしながらこれらの特化した知能領域相互の関係は不十分なものでした。道具使用と食物収集の間の界面(インターフェイス)は非常になめらかでしたが、社会的行動と道具作りの界面はまったく逆であり、そこには「厚い壁」*02があったのです。


チンパンジーの心的状況は、「一般知能」が中心で、互いに隔絶した「社会的知能」と「博物的知能」のモジュール群から形成されています。
チンパンジーの心/「心の先史時代 スティーヴン・ミズン」*02より

*01:表象なしの知能/ロッドニイ・A・ブルックス/柴田正良訳 現代思想 1990.03 青土社
*02:心の先史時代/スティーヴン・ミズン/松浦俊輔+牧野美佐緒 青土社 1998.08.24

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アブ・フレイラ

 最終氷期が終わり、洞窟からでた人々が大地の上にシェルターをつくり始め、それが集落というかたちをとり始めた最初期のものは、いまから約11500年前のメソポタミア地方、現在のシリアのユーフラテス川沿いに位置したアブ・フレイラの遺跡ではないか、といわれています。
 
この集落は少数の円形の住居から構成され、100人から200人の人々が住んでいたようです。住居は一部分が地面に掘られた単純なもので、屋根は木の柱で支えられ、小枝と葦の束で葺かれていました。考古学者で人類学者のブライアン・フェイガンさんによれば*01、この当時のアブ・フレイラの気候条件は総じてかなり良好で、毎年初夏の数週間に、豊かな牧草を求めて北の谷間にきまって移動してくるガゼルの群れと、春の野草、秋の豊富な木の実など、入手しやすく、また予測しやすい食糧源がそこにはあったのです。保存の容易な食糧がうまく組み合わさったおかげで、彼らは何世代にもわたって同じ場所にとどまることができた、というのです。
 
人間が狩猟生活を送っていた時代は、簡易な野営地はあっても基本的には獲物を求めて移動する生活でした。厳しい自然環境を避け、豊かな水を求めて彼らは移動し続けたのです。その集団は移動に適した少人数で構成され、人員が過剰になると集団が分かれていくなど、柔軟な社会構成をもっていました。人類はこうした社会的な柔軟性と移動力によって、環境変動に対応し、その勢力を拡大していったのです。
 
ところがこのアブ・フレイラの人々は違っていました。この場所にはわざわざ移動しなくても食料と水が豊富にありました。彼らは五百年もの間、定期的に向こうからやってくる野生動物を狩り、多くの水をたたえたユーフラテス川で魚を取り、近くの森や周囲に広がる野生植物の採取を続けながらこの場所に居続けたのです。ここには多くの人々を養っていくのに十分な資源がありました。人口は増え続け、狩猟時代には考えられないほどの人口をかかえることになったのです。
 
何万年もの間、ほとんど変わることのなく続いてきた人類の、周囲の環境と仲間との関係性が、この時初めて大きく変わっていったのです。


Contour plan of the mound of Abu Hureyra

*01:
古代文明と気候大変動-人類の運命を変えた二万年史/ブライアン・フェイガン/河出書房新社 東郷えりか訳 2005.06.20

 

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大地の上のシェルター

 三万年前、自らの脳内のイメージを洞窟の壁面に投影して実体化し、他の人々と共有した人類は、数十mという氷が大地を覆っていた極寒の氷河期という、彼らを暗く狭い洞窟内に押し込めていた自然の圧力が弱まった時、堰を切ったように洞窟の外へ飛び出していきました。
 
氷河期は人類の進化に重要な影響を与えてきました。もともと人類(猿人)の祖先は樹上生活だったと考えられていますが、氷河期の環境で地上に降り、二足歩行を開始し、人類へと進化してきたのです。氷河期は、過去数百万年にわたって寒暖を繰り返してきました。氷河期の中の寒い時期を氷期、氷河期の中のかなり暖かい時期を間氷期と呼びますが、氷期が訪れると海から蒸発した水が陸地の大部分を氷となって覆い、雨や川を通じて海へ還元されなくなるため、海水が減少し、海岸線も極端に後退しました。こうして陸続きになった大地を通じて、アフリカに生まれた私たちの直接の祖先は、ヨーロッパ、ユーラシア、アメリカ大陸へと渡っていったのです。そしてもちろん日本列島にも。
 
氷期には動植物は激減し、動植物を食料とする狩猟採集生活の人類も、大きな打撃を受けたにちがいありません。洞窟に潜み、道具を使い、相互のコミュニケーションを発達させ、集団で狩りや採取することによって人類はその厳しい環境を生き抜いてきたのです。
 
最終氷期の終わりはいまから一万年ほど前といわれています。氷が消えた大地に広がった彼らは一気にその数を拡大していったのです。
 
彼らを風雨から守るシェルターは、それまでのように自然にある洞窟の利用などでは足りなくなり、彼らは大地の上に自らの手でシェルターをつくる必要に迫られました。四万四千年前に、すでにネアンデルタール人がマンモスの骨を組み合わせ、その皮で屋根を覆った住いをつくっていた*01ことが知られています。現生人類である彼らも石器などの道具を使って、こうしたシェルターをつくっていったのです。
 
石器時代の竪穴式住居のかたちがこうしたシェルターとしての防御物の原初の姿を表している、と多くの人々は考えています。この原初の住居は少人数の家族が利用するものでしたが、徐々に彼らはいくつかの家族が住む住いの集合―すなわち集落というかたちをとり始めていきました。


01:モロドヴァⅠ遺跡(ウクライナ地方)/中期石器時代

 

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