羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 1

2016-02-17 23:05:03 | 日記
呼び出された夜、音はビルの屋上で朝陽に望遠鏡を見せてもらっていた。「東京でも風が強い冬の夜は星が見える」朝陽は星の光について話し出したが「ずっと見ていられる」と呟く音に「うん」話を止めて頷いていた。「片想いなんて、扁桃腺とおんなじだよぉ? なんの役にも立たないのに、病気の元になる」朝陽にそう言われ、苦笑する音。「僕だったら、君に両想いをあげられるよ?」「私、一度好きになったら、中々好きじゃなくならないんです。たとえ片想いでも、同じだけ好きなまんまです」「はい。僕も同じ意見です」少し、おどけて返した朝陽は音に代わって望遠鏡で星を見始めた。「ちょっと未練的なのもあります」「うん?」「猪苗代湖って行ったことあります?」「ううん」「私の好きな人の生まれた所です。1回くらい一緒に行ってみたかったなぁ」「それ、僕とじゃダメかな?」井吹を見る音。「井吹さん、どこで生まれたんですか?」「戸越銀座」「それはちょっと、通り道なんで」二人は夜の屋上で、控え目に笑い合っていた。
同じ夜、練は音に渡さなかった電気ストーブを押し入れにしまい。家に帰った音はノートに何か描き始めていた。それから、練はまた引っ越しの仕事に励んでいた。会津では健二が雪の下の筵の中に貯蔵してある大根を背負った籠に入れ、雪道をやや覚束ない足取りで長々と届けて回っていた。空を翔ぶ鳥を見上げる健二。
「おいおいおいっ、お前だよ」作業中の練がエレベーターから降りて通り過ぎようもすると苛ついたら様子のエレベーターを待っていたらしい男が絡んできた。練達が作業でエレベーターを止めて待たされたのが気に入らないという。練は軽く頭を下げて謝ったが「土下座しろよ」男は尊大に言った。戸惑う練。そこへ佐引が通り掛かると手袋を脱ぎ「申し訳ありませんでした」とあっさり土下座した。男は無言で去った。練が謝ると、
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いつかこの恋を~ 2

2016-02-17 23:04:55 | 日記
佐引は手袋で練の頭をはたき「こんな下らない儀式は、こいつ、バカだなって思ってやってりゃいいんだよ」佐引はさっさと作業に戻り「はい、すいませんでした」練は恐縮していた。
畳の上に新聞を敷かれた練のアパートで、小夏はある程度怪我の治った晴太に髪を切ってもらっていた。すっかり落ち着いた服装になっていたが両手で持った写真を見ながら微笑んで髪を切ってもらう小夏は子供のような座り方をして以前よりも幼いような様子になっていた。「ある時からお父さん帰ってこなくなって、あ母さんも理由教えてくれなくて、まあ浮気してたんだけど。あたしが寂しくしていたら、練がお祭りに連れてってくれた」写真はその時の物だった。写真の中の浴衣のまだ子供の小夏は嬉しそうにしていて、隣にはやはり子供の練がいた。「昔から純粋で真面目で、約束を守る」写真を見詰める小夏越しに、手を止めて写真を見る晴太。「練は初恋なの」「僕がその初恋叶えてあげる」耳元で囁く晴太。笑ってしまう小夏。「どうして晴太が?」助けられた屋上でのやり取りを繰り返す小夏。『契約』を信じた訳ではなかった。
「小夏ちゃんのことが好きだからだよ」「どうやって? 練は私のことなんとも思ってないんだよ?」写真を下ろし、口調が年相応に戻る小夏。「小夏ちゃんは練君の大好きな地元の人でしょう? オセロで言ったら数は少ないけど、端と端は押さえてあるんだ」小夏の前に回り込む晴太。髪を触る小夏。俯く。この間はキスをされた。「練君が地元に帰りたくなるようにするんだよ。それがダメなら、練君の好きな人を階段から突き落とすとかぁ」「えっ?」顔を上げて晴太を見る小夏。一瞬真顔で小夏を見る晴太。「笑うとこだって!」笑顔でごまかし、また後ろに回って小夏の髪を整え出す晴太。小夏は寒々しいような顔をしていた。
夜になり、音がバスに
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いつかこの恋を~ 3

2016-02-17 23:04:45 | 日記
乗っていると練と木穂子が連れ立って乗ってきた。気まずい音。木穂子に気付かれ、二人に会釈されてしまった。会釈を返す音。固い表情の練。バスから降りると「お仕事のお帰りですか?」過剰に丁寧に音に話し掛ける練。「あ、はい。お仕事のお帰りですか?」そのまま返す音。「はい」「お疲れ様です」「お疲れ様です」木穂子の手前、ぎこちなく別れる二人。木穂子は練の腕を取って歩いていった。
アパートに帰ると小夏と晴太がいたことに少し驚く練。「あ、練。お帰りっ」「来てたんだ」「あのさ、あっ」言い出そうとして脇にいた木穂子に気付く小夏。「こんばんは」挨拶され「こんばんは」怯みながら応える小夏。「どうぞ」中へ通す小夏。服装は落ち着いても、小夏の髪は改めて整えられ、首にはモデル騒動以前には無かったネックレスが掛けられトップスも安価な物ではないようで、ややちぐはぐな姿になっていた。「小夏と晴太」「こんばんは」練に紹介され、座ったまま挨拶する晴太。合わせて頭を下げる小夏。「初めまして」やや困惑する木穂子。「うどん食べる?」木穂子にだけ言う練。「手伝う」二人は台所で料理を始めた。
座って様子を見ていた小夏は晴太と目配せして、立ち上がり、台所に向かった。「あのさぁ、さっき母ちゃんから電話あったんだ。練には言うなって言われたけど、練の爺ちゃんのこと」「なんて?」「転んだ」「転んだっ?」顔色を変える練。「怪我したのかよぉ?」「どこがどうとかじゃないらしいんだけど、病院もすぐ帰してもらったし」あやふやなことを言う小夏。その間に晴太は置かれた練の上着から練のケータイを取り出していた。「練、帰ってあげた方がいいんじゃない?」小夏が話す中、晴太はケータイの中身を確認しながら菓子の袋を手にベランダに向かった。
「俺が帰っても」
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いつかこの恋を~ 4

2016-02-17 23:04:36 | 日記
「爺ちゃん喜ぶよぉ?」「仕事休めねぇし」木穂子と料理を続ける練。疲れたように息を吐いて笑う小夏。「練は自分だけ東京で苦労してると思ってっぺ?」ムキになり出す小夏。「練が出てった後、ウチの町、どうなったか知ってる? 晩御飯のおかずどこで買ってっか知ってる?」「商店街」「そんなのとっくに無いよっ。5年前にスーパーできて、みんなそっちで買い物すっから、商店街どっこも店仕舞いしたよ」手を止めている練と木穂子。「そのスーパーも半年前に閉店した。今は車持ってる人達が国道まで行って買い物してんだから。爺ちゃんはそういかないでしょ? 片道1時間かけて歩いて買い物してんだから」言い切って、一度木穂子の方を見て疲れた様子で居間に戻ってゆく小夏。
困惑する練を見る木穂子。晴太は菓子を食べながら練のケータイから件の木穂子の告白メールを盗み見ていた。うどんができあがると小夏と晴太練の部屋から出た。「やっぱりあの二人、似合ってる」マフラーの巻き方がグルグル巻きに戻っている小夏。「そうかな?」「え?」晴太を振り向く小夏。「恋人には2種類あるんだよ。好きで付き合ってる人達と、別れ方がわかんなくて付き合ってる人達」階段を降りながら、小夏は晴太の話を聞いていた。「お爺ちゃんに東京きて住んでもらったら?」うどんを食べ出しながら木穂子は練に言ったが練は認めなかった。「練が東京からいなくなるってことはないよね?」「全然全然、大丈夫」「違う違う違う、こっちこそごめん」互いに気を遣いつつ、それなりに親しく二人はうどんを食べていた。
その年、2011年の3月になった。音はさらに資格を取って施設でできる仕事を増やすつもりでいたが、3月一杯で解雇をメールで簡単に通知されてしまった。「杉原さん」朝陽が言葉を掛けようとすると「大丈夫です。よくあることなんで」音は拒絶するように言い
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-02-17 23:04:28 | 日記
「投げやりにならないで」朝陽が続けると「なりますよっ!」一緒に解雇を告げられた船川も声を荒げた。「私達は、ちょっとずつ投げやりになってかないと、こういうことがあるたんびに傷付いちゃうんです」「はい」朝陽は船川に返す言葉が無かった。
「はぁ?! 休みたい?」練は柿谷に1日だけと休みを申し出たが3月の繁忙期に無いと取り合われなかった。「ついに逃げ出すんだ?」煽ってくる加持。「違いますっ。ちょっと」「ちょっと、って言うんだよ。ちょっと帰ってきます。すぐ戻ってきます。って二度と東京には戻ってこないんだよ」佐引も続けた。「で、地元のスナックで話すんだ。俺が輝いてた東京時代ってのを30になっても40になっても、東京じゃあな東京じゃあな、って」着替え、笑い飛ばす佐引。「何もしてないのにっ」佐引は事務所を出て行った。何一つ言い返せなかった練。
練は夜、静恵の家の米等の買い出しを済ませたが犬の世話に来ていた音と鉢合わせしてしまった。静恵は会津に帰るよう練に進め、音も少し膝が痛むだけで小さな段差が越えられなくなると、練に帰るよう進めた。「音ちゃんと一緒に帰ればいいじゃない」どこまで事情を知っているのか? 唐突にブッ込んでくる静恵。二人が慌てると「おやすみなさい」部屋を出て行ってしまった。二人は気まずく向き合わずにしばらく帰るべきと言う音に、余計なお世話で自分はまだ何もできてないと練が返し、不毛にやり取りをしていたが「喋ってもいいですか?」音は面倒になって練と向き合った。
「少なくとも私は、引っ越し屋さんに助けてもらいました。助けてもらわなかったら、今頃まだ北海道にいて、色々なこと諦めて生きていたと思います。何もってことないと思います。それだけじゃ、何かできたってことにはならないですか?」「それは、まあ、はい」「そういうことを私はもう
     6に続く