「日本三文オペラ」というタイトルの小説は開高健も書いていますからお間違えなく。ここでは武田麟太郎のほうを取り上げます。武田麟太郎は「文藝春秋」に「暴力」という作品を発表して、プロレタリア作家として堂々登場しましたが、徹底的な弾圧の前に屈して転向した後は作風ががらりと変わります。一般に「市井事もの」と言われていますが、この作品もそのなかに入ります。ごく普通の庶民の暮らしをリアルに描き、その中にささやかなドラマが展開するという作風で、ユーモアあふれて、様々なタイプの登場人物もみんなどこかにくめない、全体に微笑ましい印象を受けるものが多いです。この作品のストーリーは、傾いているくらいおんぼろな下宿を舞台に、その各部屋に住む様々な種類の人間のそれぞれのドラマを短く描いてコラージュ的に構成したものです。完全なコメディではなくどこか悲しみも潜んでおり、一種独特の雰囲気があります。これが武田麟太郎の確立した世界です。作家は自分だけの作品世界を築かないとだめですね。そういう意味でいうとプロレタリア作家から実に見事にスイッチしたなと思います。実はこういう平和的な作品を書いてみたいと思っているえしぇ蔵です。実にいい参考になります。