蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

石川達三 「幸福の限界」

2007年11月10日 | Weblog
今の世の中では男女差別というのはあまり感じることはなくなってきたのではないでしょうか?あらゆる業界で女性の進出が目立っていますし、いろんなお店のサービスにおいては女性優遇が頻繁に行われています。きっと今の時代なら女性も女性に生まれてよかったと思うことでしょう。ところがほんの50年前くらいまでは女性にとっては非常につらい時代だったのです。女性は家庭を守るもの、男性につくすもの、好き勝手にふるまわないものときめつけられていたのです。また多くの女性がそうであるべきと自ら思っていたのも事実です。そんな風潮に多くの女性が疑問を抱き始めるのが太平洋戦争敗戦後の人心荒涼とした頃です。この小説の始まりもその頃です。ある平凡な家庭におこる一つのドラマは、「家庭における女性の立場」に疑問を投げかけます。長女は嫁いだ先で女中のようにこき使われたあげく、出征した旦那が帰らずに出戻りします。次女は家同士が決める日本的な結婚に反発します。妻は典型的な古い日本人である旦那の強引さに徐々に嫌気がさしてきます。家庭の中の女性たちはそれぞれに苦しみ、それぞれに幸福への道を探ります。この時代ならではのドラマですね。今ならさっさと別れて決着をつけてしまうんでしょうけどね。

水上勉 「金閣炎上」

2007年11月10日 | Weblog
1950年7月2日の未明、金閣寺は放火によって焼失します。これは当時の世間を騒がせた大事件でした。人命の被害はありませんでしたが、室町時代に建てられた国宝が、中にあった足利義満の像や観音菩薩像などとともに灰になってしまったわけですから国家的な大損失であったわけです。犯人は金閣寺の師弟、林承賢(当時21歳)。当然ながらこの犯人に対して世間は猛烈な非難を浴びせるわけで、おそらくこの事実を知った後世の人も同じ憤りを覚えたことでしょう。ところが水上勉はそうではありませんでした。彼は非常に詳細にこの事件について調査し、林承賢(小説の中では林養賢)がどうしてこの犯罪にまで到ったのかを彼なりに結論を出しています。これを読むと誰でも犯人に対して抱いたものが徐々に変わっていくのを感じることができると思います。本来、修行の場であるはずの寺が観光の目玉として利用され、拝金主義の空気が寺の中を支配していく、そんな現実を前にして実直な主人公の堪忍袋の緒は切れてしまう・・・という説でストーリーは進んでいきます。一応小説ということになっていますが、これは極めて優れたドキュメンタリーです。犯罪事件を決して一面だけで判断すべきではないという教訓を得ることができる傑作です。