蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

幸田文 「台所のおと」

2007年11月18日 | Weblog
女流作家の作品においてたびたび重要なキーワードとして登場するのが着物と料理です。この辺はやはり女性ならではというところでしょうか。この作品は料理屋を営む夫婦の話です。職人肌の旦那が病気で寝込んでしまい、奥さんがかわりに料理をすることになります。旦那にきちんと教えられた通りに料理して店を続けていきます。旦那は病床からその音を聞いて、何を作っているかとか、奥さんの体調はどうかとかがわかってしまうわけです。それでこういうタイトルになっています。奥さんの体調が悪い時や、心配事があって気持ちが乱れている時には台所の音が違うというふうに言われて、奥さんは焦ります。旦那の病気は重くて余命いくばくもない状態で、そのことを本人には知らせていません。奥さんは平静を装いますが心の中には悲しみが渦巻いています。それがどうしても台所のおととして出てしまうわけです。なんとかいつものように料理しようとする奥さんのけなげさがなんとも悲しいものがあります。そういう内容なのに湿っぽくなく静かに情緒的に話を進めていく技量はさすがだなと思います。なんともいいお話ですよ。幸田文の短編の中でも傑出していると思います。

有吉佐和子 「華岡青洲の妻」

2007年11月18日 | Weblog
まず華岡青洲という人から説明しないといけませんね。医療関係の人なら知らぬ人はいないでしょう。世界で初めて麻酔による手術をした人です。しかも江戸時代にです。江戸時代の日本の医療なんて西洋に比べれば遅れてたわけですから、まさか日本人が最初とは思わなかった人も多いことでしょう。ただそれ以前に成功したという例(例えば中国の華佗など)もあるようですが実例として証明されているものとしては世界初だそうです。すごい日本人もいたもんです。この物語では華岡青洲が麻酔を開発し、それによって乳癌の手術を成功させるまでの苦労が描かれていますが、物語のタイトルには「妻」となっています。そうです、主人公は妻のほうなんです。彼女は夫を支えるべく粉骨砕身努力しますが、ここに嫁姑問題が絡んできます。母親も華岡青洲を溺愛してまして、嫁にとられるのを良しとしないわけです。どこの家庭にも見られる状況がここにもあるわけです。それが徐々にエスカレートし、華岡青洲が麻酔の人体実験を試みる段階で、その実験台になりたいと二人が争う場面でピークを迎えます。凄まじい愛の修羅場を演じます。息を呑むような激しい言葉のやりとりは圧巻です。結局両方実験台になるわけですが、その後思わぬ結果が待っていました・・・。日本の医学史上に残る素晴らしい業績を残した華岡青洲とそれを支えた二人の女性の物語はただの感動ものではありません。もっともっと人間的で深いものです。なかなか考えさせられますよ。