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水上勉 「金閣炎上」

2007年11月10日 | Weblog
1950年7月2日の未明、金閣寺は放火によって焼失します。これは当時の世間を騒がせた大事件でした。人命の被害はありませんでしたが、室町時代に建てられた国宝が、中にあった足利義満の像や観音菩薩像などとともに灰になってしまったわけですから国家的な大損失であったわけです。犯人は金閣寺の師弟、林承賢(当時21歳)。当然ながらこの犯人に対して世間は猛烈な非難を浴びせるわけで、おそらくこの事実を知った後世の人も同じ憤りを覚えたことでしょう。ところが水上勉はそうではありませんでした。彼は非常に詳細にこの事件について調査し、林承賢(小説の中では林養賢)がどうしてこの犯罪にまで到ったのかを彼なりに結論を出しています。これを読むと誰でも犯人に対して抱いたものが徐々に変わっていくのを感じることができると思います。本来、修行の場であるはずの寺が観光の目玉として利用され、拝金主義の空気が寺の中を支配していく、そんな現実を前にして実直な主人公の堪忍袋の緒は切れてしまう・・・という説でストーリーは進んでいきます。一応小説ということになっていますが、これは極めて優れたドキュメンタリーです。犯罪事件を決して一面だけで判断すべきではないという教訓を得ることができる傑作です。