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秋風

アキバ系評論・創作

月下の舞姫vol.13

2012-08-15 23:33:40 | Weblog
「そう、大変だったわね」
 何事にも動じないあゆの母が何か他人事っぽく呟く。
ここは秋月家の店舗権住居の入っている秋月ビルの2階で秋月ラジヲ店内奥である。
あゆの母は店番はするがあまり店頭に出ることはなく通販業務や主婦業を中心にしている。
 この店はパソコンパーツショップだが一般的なモノの他にES(エンジニアサンプリング)品を扱っていて知る人ぞ知る店である。
 開店は時間は平日正午から夕方6時までで土日祝は原則休みである。
 客層の半分以上がメーカーの開発者かハイアマチュアなのでそれでいいとして、来れない人は通販でというスタンスだ。
 あゆの肝の座り具合はお母さん譲りだとよく言われるがこんな時は素直に喜べない。
 小柄だがあゆよりは大きく150cm程ある。亜里沙よりは少し小さい。

 高校のエレベーターにふたりして乗り込もうとした時、
「君が居ると話が長くなりそうだからまっすぐ家に帰りなさい」
 と言われたのでその通りにして母に報告したところだ。
 自分の生活圏は徒歩5~10分以内に大体全て揃っている今までありがたさを感じたが同時に何か悪い事があっても常に身近なのかと唖然とした。
 これからどうなるのだろう?
「間が悪いと邪魔になるからこちらからの電話は止めておきましょう」
 母の言うことは解るし自分も家への帰り道そうしてきた。しかし……

「たのもう、ごめん、ください」
 店舗の方から妙な日本語の声が聞こえる。自分の娘の声そっくりで母親はギョッとする。
 あゆ自身は自分の声を客観的に聴く事はないのでピンと来ないが母の珍しく驚いた顔に驚いてしまった。
「はい、少々お待ち下さい」
 奥の倉庫から店舗に向かった母がフィルムの逆回しのように後ずさって戻ってきた。
 これはただ事ではないとあゆが母と入れ違いに店舗に出る。
「……イラッシャイマセ……」
「これえください」
 一目見て思わずあゆも言葉を失う。酒屋、いや今はコンビニになった友人の恵子の家ほどではないが商店の娘として最低限の挨拶は半ば無意識に口を吐く。
 そこにはさっき後姿を見たツナギ服姿の自分そっくりな娘が『秋葉原ガイドブック ウルトラスーパーマニアックス』を手に立っていた。
 自分よりやや目付きがキツい。日本語がネイティブでないのか何なのかしゃべり方がちょっとおかしい。
 不思議と相手はあゆの姿を見ても特に驚いてはいないようで堂々としている。
 それはそれとしてこれくらいマニアックで詳解な本でないとうちの店は紹介されないのか! と一瞬、商店の娘モードになったが冷かしや知識不足のお客さんの相手をしないからよしとする。選択と集中があゆの父の生き方である。

 プリントアウトされた買い物メモを出して部品を買いに来たれっきとした客なのであゆと母は委細かまわず部品カゴを持ってバタバタと走り回って半分ほど揃える。
「ごめんなさいね、後はここには無いか、そもそもどんな部品なのか何なのか主人でないと解らないわ」
「この型番って真空管? 今時無いよそんなの、あとこのワンボードリナックスは他所の店かどっかで見たかな? 若松だったかな?」
 あゆが新型iPadで検索しながら首を傾げる。
「主人とはマスターか? いまどこですであるやいなや?」
「ちょっと用が……またいらっしゃって下さい」
「万障繰り合わせの上、可及的速やかに修理を急ぎられたし」
 旧日本軍の戦争映画みたいな言葉使いに戸惑う秋月母娘である。
「うちは出張修理は原則しないのよ」
「修理はこちらの船の技術士官がする」
「士官? 軍人? あ、その肩のパッチって東南アジアの島嶼首長国連邦の? コスプレじゃなくって本物だったんだ」
 月下の咆哮というミリタリー系ゲーマーのあゆが反応する。
「嘘ではない」
 身分証を差し出すあゆそっくりの少女。
 いつの間にか普通に会話をしているふたりにあゆの母が紅茶とマドレーヌを持ってて時ならぬお茶会が始まった。あゆの母にしても他人には見えなかったのである。
「Sayori Akizuki……? 苗字同じなんだ」
 サヨリの身分証をまじまじと見るあゆとその母。
「島嶼首長国連邦本島の日系人村には珍しくない苗字」
 要はサヨリは島嶼首長国連邦の海軍特別陸戦隊特殊航空班に所属する本物の航空機パイロットだった。
 今東京湾に寄航しているフリゲートに乗って来たが落雷で電装品が一部故障してしまったので技術士官が修理中だそうである。日本語で説明商品のパソコンパーツの買い物が出来るのがサヨリくらいしか乗っていなかったので代表で買いに来たらしい。
 さっき持っていたガイドブックは最初に行ったヨドバシカメラ秋葉原店の2階PC書籍コーナーで買ってきたそうだ。因みにそこの2階PCパーツコーナーでは欲しい物はほとんど無く途方に暮れていた時に通りすがりの外国人に勧められたそうだ。
「何故ヨドバシカメラ秋葉原店?」
「最大の電気街の一番大きな店は何処? とわが国の大使館のに聞いたから」
 その大使はエレクトロニクス関係には疎いようだとあゆは溜息を吐くとPHSが鳴る。
「あ、(弁護士の)先生! どうなりました? え、警察? なんで?」
 PHSをスピーカーモードにしてあゆと母が聞く。サヨリはいつの間にか足元に居た秋月家の飼い猫レインを撫でている。
 弁護士の話によると崇谷家が一致団結し騒ぎ立てているようで取り合えず万世警察署に河岸を移したそうだ。
 崇本人は近所の三次救急(救急救命)の三井記念病院救急外来に搬送された。どこまでも大げさな一家だが刑事は専門外とはいえ弁護士が密着しているのでそう酷い事にはならないとの事である。
「ごめんなさいね、サヨリさん、主人がちょっと……」
 あゆの母が店仕舞いと出かける用意をしている間あゆはさよりに事の顛末を話す。
「わかった、マスター、助けに行こう、日本、外圧に弱い、わが国の大使館の大使に働いてもらう」
「え? 大丈夫なの?」
 だいたい自分と同い年の女の子が軍のパイロットで軍艦の電子部品買いに来た事自体不思議なのにと秋月母娘は思ったが外圧云々はそうなのでそれに賭けてみる事にした。

「いやぁ、酷い目にあったな、まーいい経験か」
「島嶼首相国連邦の大使がなぜ?」
 秋月母娘とサヨリが万世警察署に着くと同時にあゆの父と弁護士が出て来た。来る途中サヨリがどこかに携帯で電話していたが大したものだ。小国とはいえ大使は大使か。
 サヨリが一歩前に出る。
「問おう、貴方がマスターか?」
「ええ、まぁ店主というか社長だけど? 誰? 親戚? こんなあゆと同世代でそっくりな娘居たっけ? まぁいいや近くのメイドレストランにみんなで喰いに行こう、割引券今日までなんだ」

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