令和1年5月1日(水)
この度の先帝の御譲位と新帝の践祚による御代替わりは、
明らかに、昭和二十二年五月三日に施行された「日本国憲法」(以下、「マッカーサー憲法」という)の想定外の事態である。
この御代替わりは、「マッカーサー憲法」が
GHQ(連合軍総司令部)の部員によって書かれた同二十一年二月の遙か以前、
即ち、太古から我が国の皇室に伝わる、
万世一系の皇祚を践むための法(のり)つまり先例と慣 . . . 本文を読む
本日は四月二十八日、
昭和二十七年(一九五二年)の今日、
サンフランシスコ講和条約が発効して
我が国は、連合軍の占領から脱却し主権を回復した。
平成二十五年四月二十八日、
発足して間もない安倍内閣は、
政府主催で「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を
憲法記念館において
天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで開催した。
これが、
安倍内閣の戦後史を画する功績といえる。
何故なら、
我が内閣が、公式に . . . 本文を読む
平成31年3月24日(日)
先の三月二十二日付け「時事通信」
「火山の噴火口の上にいるのが分からんのか」に続き、
戦後の連合軍による占領下で誕生した「日本国憲法」を如何にするか、
について記すことにする。
まず、二月二十一日付けの「時事通信」
「御譲位は、真の日本、真の日本人を取り戻す恩寵」
に次のように書いた。
・・・
平成三十一年四月の今上陛下の御譲位と新帝の践祚は、
. . . 本文を読む
平成31年3月22日(金)
我が国の現在のマスコミの報道内容と政界の議論を見ていると、
アメリカと中共との対立は、
景気判断の範疇における米中摩擦が世界経済に与える
「景気減速要因」
という次元・レベルでとらえられている。
その上で、安部総理と内閣は、
昨年十月二十六日の総理の中共訪問と首脳会談で、
「米中摩擦にもかかわらず」、日中は「競争から協調」を合意して、
日中の関係が修復され相互理解が深 . . . 本文を読む
平成31年3月12日(火)
昨日と一昨日を振り返れば、
この二日間は、
戦いにおける将兵の戦死、戦いにおける民間人の殺戮
そして、地震と津波による死者
これら多くの人が亡くなった日として記憶されねばならない。
明治三十八年(一九〇五年)三月十日
この日は奉天大会戦勝利の日、後に、陸軍記念日となる。
午後五時頃、
大阪の歩兵第三十七連隊第二大隊は、
奉天城内に入り、城門に日の丸を掲げ、
元帥陸軍 . . . 本文を読む
平成31年3月11日(月)
本日三月十一日は、八年前に、
東日本大震災と巨大津波が東方地方太平洋側を襲った日である。
死者は一万五八九七人、行方不明者は二千五三三人。
それ故、
マスコミは、全国での追悼慰霊の様子を伝え、
被災者と被災地の苦痛と悲しみからの復興の様子を伝えている。
そこに、私は、
一つの抜け落ちている視点を付け加える。
何故なら、
地震がそうであるように、大災害と戦乱は、必ず襲 . . . 本文を読む
平成31年3月9日(土)
千数百年以上まえから只今現在まで、
同じことが繰り返し起こる朝鮮半島は、
我が国にとって、
不安定で厄介なところである。
斯くして、現在、平成三十一年の二月の末、
北朝鮮の労働党委員長という肩書きの三代目の独裁者金正恩が、
平壌から長い列車を連ねて川を渡って中共領に入り、
三日間かけて、昔の表現で言えば、シナ大陸を北から南に打通してベトナム領に入り、
二月二十七日と二 . . . 本文を読む
平成31年3月1日(金)
世界史を大観して、
「ある地域には同じことが繰り返し起こる」
と言った欧州の歴史家がいる。
この歴史家が言う「ある地域」とは欧州の火薬庫といわれたバルカン半島のことだ。
そこで、欧州ではなく
東アジアの歴史を大観して、我ら日本人は何を知るべきかを考える。
そうすれば、
朝鮮半島では同じことが繰り返し起こる、
と言わざるを得ない。
明治の日清戦争(二十七、八年)と日露 . . . 本文を読む
平成31年2月21日(木)
第百二十五代の今上陛下は、
平成三十一年四月三十日、
譲位され、
翌五月一日、
皇太子殿下が践祚されて万世一系の皇位を践まれ
第百二十六代天皇となられる。
この流れには、一瞬の隙もなく、
今上陛下の譲位は、即ち新帝の践祚即ち即位である。
これが、皇統連綿、万世一系の皇位継承だ。
これを律しているものは、
天照大神の「天壌無窮の神勅」と、
この神勅を実践して万世一系現在 . . . 本文を読む
平成31年2月13日(水)
節分が過ぎて
二月十一日の、国の肇の日である紀元節を迎えた後に、
改めて思うことは、
我が国を取り巻く内外の情勢は、まことに厳しさを増し、
本年こそ、
本当に世直し国替えの年にしなければならないということだ。
まず第一に、
本年に入り、
涙なくして見られないニュースが連日報道されている。
それは、千葉県野田市の小学校四年生、
十歳の栗原心愛(みあ)ちゃんの死だ。
心 . . . 本文を読む
平成31年2月6日(水)
一月二十九日に、
憲政記念館で「明治の日」制定を促す集会があった。
先に、昭和天皇の御誕生日である四月二十九日が
「みどりの日」という訳の分からん名称になっていたが、
「昭和の日」に復元された。
同様に、
「明治の日」制定の動きは、
明治天皇の御誕生日である十一月三日を、
「文化の日」から
「明治の日」に復元するものである。
そもそも、
明治天皇の御誕生日即ち天長節 . . . 本文を読む
平成31年1月28日(月)
新年を迎えて始まる通常国会における与野党の主要争点は、
厚生労働省での毎月勤務統計の不適切調査問題であるという。
その追求に意気込む野党幹部の、
即ち左翼の面々の、
憑きものが付いたような正義顔(ツラ)を見て、
馬鹿馬鹿しくも、またいつも繰り返されてきた「空転」が始まると思った。
しかも、このようなときにいつも登場する御仁が
飽きもせず大真面目な顔をして「野党連合」の . . . 本文を読む
平成31年1月23日(水)
安倍首相がモスクワで、ロシアのプーチン大統領と会談した一月二十二日、
我が国のマスコミは、「何か進展」があるのではないかとの
「期待」を滲ませたような報道姿勢だった。
一夜明けた今朝、
報道をみて、芭蕉の句ではないが、
「あらなんともなや」
と思った。
皮肉を言っているのではない。
安堵したのだ。
では、懸念していたことは何か?
それは、「自分の内閣で北方領土問題を . . . 本文を読む
平成31年1月22日(火)
加藤 健著「朝鮮総連に破産申し立てを」
副題、「血税一兆円以上が奪われた」
という本が展転社から出版された。
この本の末尾「あとがき」で、
著者は、
皇后陛下のお言葉を記して、
「『かたじけなさに涙こぼるる』
とはこのことだろう。
皇后陛下のお心を安んじ奉ることができず、
救出運動に関わる者として慚愧に堪えない。」
と結んでいる。
その皇后陛下のお言葉とは、
次の平 . . . 本文を読む
平成31年1月11日(金)
旧臘、NHKの西郷南洲の生涯を描いた大河ドラマが終わった。
私は、そのドラマの、
西郷が奄美大島の龍郷に配流され、
そこで龍愛子(愛加那)さんと出会うまでは観たが、
以後は観なかった。
その理由は、原作者とNHKが、
私が感じる西郷南洲の実像を描ききれるとは思えなかったからだ。
要するに、我が心の西郷をNHKに歪められるのが嫌だったのだ。
もとより、私が完璧なる西郷像 . . . 本文を読む