晴佐久神父とかたぶん宮台真司もそうだが、全員救われる(可能性がある)というのは万人救済説といって割と批判的なカトリックの方々も多いようだ。
しかし僕はあくまで外から見た人間で言うとこの万人救済説はしっかりとくる。
救われるから善く生きるのではない、神は取引きしない。
善行を積んで積んでその果てに救いを求めることを良しとしない。
善い事は善いことでただすべきだ、そうすることで救われようとするのは取引だ。
という宮台真司の話は非常に僕も納得がいく。
その通りだと思う。
結果救われても救われなくても構わない、神の決定に従う。その圧倒的な降伏が、自己中心的な自我を解除する方法なんだなぁ。
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