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枕詞のように「国難」をことさら言う人の意図は? 

2017年10月17日 | 政治・社会
 「国難」という言葉が政権によって強調され飛び交っています。かつては、戦争を始めた人たちが国民意識総動員のために鬼畜米英を唱えて考えることをしないようにすることに成功しました。治安維持法を改悪して戦争反対を唱える共産党員や民主的な言論を特高を使って弾圧して準備の上でのことです。戦争開始するころには、学校をはじめあらゆるところが「鬼畜米英」一色になり、戦争に疑問を呈するものは「非国民」呼ばわりされたのでした。

 これらの歴史を経験している日本人が少なくなっている中で、戦争やその悲惨さが想像できない人が政権を握り、今また同じようなことが起きています。ご存知の、特定秘密保護法、共謀罪法、安保法(戦争法)などの法整備は憲法を変えなくても憲法を空文化して戦争できる条件の整備でした。無茶な進め方や内容に加え、モリ・カケ問題などと言われる疑惑が浮上し批判が厳しくなりました。

 そこへ丁度、理不尽な北朝鮮の核実験やミサイルです。彼らの無謀さは当然非難されるべきです。しかし、そんな時こそ、70年間戦争しない国を実現してきたことを訴え、戦争しないとする憲法9条を世界に広め、世界平和の方向への先頭を走る誇り高き国になるべきでした。

 しかし、残念なことに、アメリカのあのトランプの仲間として、一触即発の危険のある圧力、圧力の主張です。アメリカが大量の核兵器をもち、あるいは日本がその傘に守られている限りは、一方的に核兵器を持ち始めた国になくせと言うのは論理的に無理があるでしょう。国連の核兵器禁止条約に反対しながら、一方では禁止を要求するという矛盾を無視して、選挙の争点として「国難、国難」と声高に叫ぶ意図は明らかと思います。

 しかし、戦前がそうであったように、このような宣伝に弱いのが私たち国民です。それは、国際競技やオリンピックで日本人が勝つとうれしく思ったり、いい気分になるのと同じ感情です。スポーツなどはまだいい方ですが、それでも権力者はその感情を利用してきました。
 北朝鮮の動きや、その脅威を宣伝すれば国民の意識がかわるということを知っていたからこその解散選挙だったのでしょう。

 おまけに実は同じ保守なのに、一見するとそれと対立するかに見える党ができて、ますます野党が分立状態になりました。だれに投票したらいいか、訳が分からんと言う声も聞こえるありさまです。

 私は、少なくとも「国難」などと言って民族国家意識をあおったり、目には目をとばかりに軍備増強に走っているところは選んではいけないことと思います。

 また同時に、憲法違反の法律(国民に従わせるもの)を作ったり、憲法(権力をしばるもの)を守ろうとはしないものが、憲法を変えようとする矛盾にも気が付くべきだと思っています。
 あのような無茶な法律を無茶なやり方で強行採決したのに、「国難」の脅しに乗ったり、本来やるべき教育費を先進国でも最低レベルに下げてきた政権が消費増税を条件に教育の無償化などと言っていることに飛びつくようであっては余りにも悲しいことです。「国難」と言いますが、「国難」を作っているのは誰でしょう。冷静に考えたいものです。


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