【半休中】Beyond talk to oneself

子どもや日常、スポーツ回顧、時事の疑問に世の声の1人として触れていきます。競馬予想はあくまで履歴と仲間向けです。

お宮の松とサンビーチ【昨年末旅行記3】

2013年02月07日 23時45分22秒 | おでかけ
2で書いた遊覧船のあったヨットハーバーから直ぐ北には
このように人工の砂浜が広がっている。
見ての通り結構広大で、冬でなければ裸足で走りたいところ。
で、2で初島を紹介したが、初川の河口から撮ったと紹介したが
よくよく思い出せば、この画像の人工岩場の少し先にも
出っ張ったところがあるが、そこから撮ったのだったよ。



↑の画像の日付のあるところを左に見るとこれがあった。
若い男女が居たので邪魔したら悪いからとりあえず行かなかった。
まぁお宮の松を日没前に撮るのが最大の目的なこともあるけど。
でもなんか素敵なオブジェの感じ。



人工岩場のところにたどり着いた。ちょうどイルドバカンスが出て行った。
岩のところを進みたかったけど、お宮の松に行く関係と、
よろけて落ちたら冬なので寒いから(ブーツだったし)やめといた。

でもこの後、波打ち際を娘と歩きやすいから歩いていたが、
引いては寄せる波と戯れながら歩を進めていたら、
油断した瞬間に大きめの波が来て足の甲全部水没。
バックスキンの本皮なので焦ったが、すごく水を弾いて、
紐の通る穴から僅かにしみただけ。すげぇな、本物は。
帰ったら手入れしようと思って居たのにすっかり忘れている…。
この3連休の週末に必ずやるつもり。キットはあるんで。



冒頭の初島を撮った場所と言った所を陸側に向かうと階段が有り、
さらに135号線に降りていくとコレが直ぐある。
貫一とお宮のあの有名な金色夜叉名場面の銅像だ。

ここまでのサンレモ公園などの紹介にも工事の部材が写っていたが
このお宮緑地の地面のタイルなどが補修工事が行われていて
大変残念な状況になってしまっていた。
なんとか日没前にたどり着いたのに、こういうオチかぁ…と、
己の相変わらずのツキの無さを痛感した。
1・2を見てもらうと解るが、ここまで人の騒音被害にいくつも遭ってて
他にもまだあるよと、ありとあらゆるツキの無さが待っているのだと
言われているかのような気持ちになった。

とりあえずタイマーにして私と娘で銅像の真似して撮ってみた。
それは紹介しないけど。



お宮の松の説明。



詳しいことは解らないが、金色夜叉の碑。



そしてこれが肝心なお宮の松。
え!?これだけ!?!?????と思う所だと思うがその通り。
きっと誰もが見たらそう思うかと。

でもこれ2代目の松なんだよね。
初代はキティ台風で道路補修の再に海側の大枝が切られたことと、
車社会になって排気ガスで枯れ始めてしまったということが
↑↑の説明に書かれている。
そしてこの2代目は奇しくもロッキードで有名になってしまった
小佐野氏らの支援もあり熱海ホテルのクロマツをここに移設したらしい。

なんか印象としては松並木でその中の立派なひとつがそれだと思ってた。
イメージだと高田松原みたいな。
あれほど大小さまざまやたらなくとも、太く立派なのが規律良く
いくつも並んで20本ぐらいあるような感じのものかと思ってた。
それから思えばがっかりだが、地元の皆さんの気苦労を思うと
しょぼいという思いは吹き飛んだ。

そして工事があって良かった事は、このあと工事のおじさんが
写真撮ってあげようか?と声をかけてくれた。
父娘で撮るには適当な固定させる場所が無かったので丁度良かった。
でもそのおじさんが撮るのかと思ったら、そばに居た若い衆に
「おぅ!お前、撮ってやれ」と命令してた。
慌てて「お兄さんはそんな気無かったのに悪いですよ」と恐縮すると
「いやいやいいですよ」と、仏頂面でもなく気持ちよく引き受けてくれた。
ありがとう!工事の皆さん!!



これが説明が無かったので想像だが、おそらく初代の切り株の
輪切りなのではないかと思う。きっと多分そうだよね?



お宮の松からズームした熱海城。日は沈んだっぽい。
どっちにしろこの城の山の部分や後楽園ホテルで
水平線に沈む前に隠されてしまうのだよね。



砂浜は歩きづらいので、そのままお宮緑地と135号の間を戻る。
するとこんな貫一お宮と書かれたレリーフがあった。



その真下にはこんな説明も。



続いて中山晋平記念館のレリーフ。



その説明。



大湯間歇泉のレリーフ。



その説明。



その現物。
・・・これってホント間欠泉なのかな!?!?
だったら湯気出てるよね!?コレ全然出てないもんな。
なのでコレは違うと思って冷たそうだし触ろうと思わなかった。
コレちょうどホテルミクラスの前辺りにあった。



伊豆山神社のレリーフ。



思わず「 ( ´・∀・)ヘー 」な説明。



そして↑を先に進み、東海岸町の信号を左に行き、
左手に熱海の中央交番を見て、冒頭画像の場所に戻った。
その画像の中央の一番左にある銅像がこれ。釜鳴屋平七の像だ。



その説明だが、かいつまんで言うと・・・
まぐろ網の権利で漁民と網元が対立し、ある網元の長男だった平七は
網元側の酷いやり方に反旗を翻して網元を脱退し漁民側について
なんとか解決をと奔走しお代官に直訴すると首謀者として八丈送りの
重罪とされたが、船中の虐待で衰弱し、私が一時居た伊豆大島に
下ろされた後に死亡したというむごい事実が書かれていますぜよ…。



そんな平七が見守るようにその海っぺりにある後回しにしたあれ。
そこにはもう若者は居なくて真下に行って見るとこんなのがあった。
なるほど恋人の聖地なのか。…桂由美!?ブライダル業界の仕掛け!??



その脇にはこんな説明書きが。
父と娘だけど、腕はクロスしないなりにこのあと手を置いてみたよ。



恋人の聖地からみる、熱海城や後楽園ホテルやニューアカオなど。
うちの方はピンクだけど、こっちは日が沈んで紫なの?
うちのほうだと朝が紫っぽいけどね。マグマみたいな赤い時もあるけど。
・・・どこでも薄曇だと朝でも夕方でも紫か?



↑の画像で後楽園ホテルの真下のガラスが青いクルーザーの真下。
恋人の聖地を中心に左右に両手を上げるような形状になっているのだが、
その両端にこの丸いベンチで、中に方位とその方角の名所が書かれている
ものがあるのだった。
このもう一方には男女が居て、冒頭で聖地に居た人たちだったかもしれない。

そしてこの先は既出の船関係の話。
次回はようやくホテルに入るぜよ!!!!

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