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入院状況その2

2014-12-11 14:07:25 | 大学
10月1日の入院3日目は、大きなヤマは越えたらしく、早くもリハビリが始まりました。
両腕を挙げたり、指を動かしたり、グー・チョキ・パアをしたりなど色々しましたが、
あまり良く覚えていませんが、右手右足が良く動きませんでした。
やはり右側は麻痺があり、残るものだと思いました。非常にショックでした。
リハビリは、PT(理学療法)、OT(作業療法)、ST(言語療法)の3種類で毎日ありました。
最初は何度も日付や今いる場所等を聞かれましたが、全く記憶に残りませんでした。
食欲は全くなく、左手で食べてほとんどこぼしていました。
しかしもうこの時点で、専門のリハビリティション病院を出来るだけ早く探すように言われたそうです。

2日の4日目も同様で暗く感じる部屋で寝ていたことを覚えています。

3日の5日目も、リハビリは有りましたが、朝から調子が悪く、食欲もなく、午後から車いすでホールに出ていましたが、気分が悪くなり、吐いてしまいました。
熱も38度を超えていました。熱が出たのはこの1日だけでしたが、この後3日間程は、人の声が高音に聞こえたり、また訳のわからない夢を繰り返し見ていました。
家内と娘がHPでリハビリの実績のある森ノ宮病院見つけ、転院先の希望としてソーシャルワーカーに伝える。

4,5日の6,7日目も食欲はなく少し食べただけで、調子も良くありません。入院後食事をあまりとっていないこともあり、全く大便をしていませんでした。記憶にはありませんが浣腸をしてもらったそうです。
また、この頃から右手の麻痺が消え、腕の上げ下げや指の体操もできるようになっていました。

転院先をソーシャルワーカーと探していましたが、希望していた森ノ宮病院が受け入れ可で、面談や説明が双方の都合で日程が合わず23日にと大分先に決定。

6日の8日目は、再びCTを撮りました。
買ってきてもらったアイスクリームを少し食べるが、相変わらずしんどい。



7日の9日目、アイスクリームを食べ、リンゴジュースをなんとか飲みました。
大学院の入試の結果が届き、受験者が4倍にもなりましたが、無事合格しておりました。しかし、入学手続きは今月末までで、どうするか決めなければなりませんが、今の状況では来年春といえどもとても無理のようです。どうもこの学校には縁がないようです。
午後からSCUに重症患者が入り、8階の801号の脳神経外科の救急患者ばかりを集めた部屋に移りました。

退院後初検診

2014-12-10 09:58:11 | 大学
最初の収容された県立西宮病院に退院後の初検診に行って来ました。

10時半に受付けをしてもらいましたが、診察を受けたのは13時半でした。
主治医の先生は、ドイツ人で日本人の医師に比べると大変丁寧な診察をされます。
それと週1回しか外来の診察をされないせいか、脳神経外科のこの先生だけがこんなに遅くまで時間がかかっていました。
血圧の管理をかかりつけ医と連携して十分に気を付けるように言われました。
次回は3月にMRTの検査をして、入院6か月後の状態を見るとのことでした。

この先生が私のことをよく覚えてくださったのは、若い頃に私の住所地である若江岩田に住んでおられたので印象深かったのだと思います。

退院後の初外出でしたが、9時に家を出て16時半に帰宅し、電車にも乗りまずまずの遠出だったと思います。

入院の状況

2014-12-09 10:34:35 | 大学
入院した時の貴重な経験を思い出しながら書いてみます。

9月27日、大学院の入学試験を受け、昨年の4倍も受験者がおり、また大手前大学の先輩もおられ、大分緊張していたように思います。久々の入学試験で頭をフル回転させて、小論文を書き、研究課題について面接試験を受けました。その後試験会場の京都からコンサート会場の神戸に移動しステージ前部で大音響の中、大いに楽しみました。相当に疲れていました。これが大きな引き金になったのかもしれません。
そして2日後の9月29日に、大手前大学にて来年度の入学案内に載せる卒業生のインタビューと写真撮影をしました。いろいろな場面で何枚も撮り、緊張しすぎたのかもしれません。
インタビューが終わり、ホットして一人で会議室で休憩しているときに倒れ、右半身が動かなくなりました。
必死に携帯で家内に連絡しているうちに、学校関係者に発見されました。それから救急車に乗せられ、県立西宮病院に搬送されました。
意識はずっとありました。搬送先と連絡を取る救急隊員の声が聞こえ、ずっと上を向いているので、学校の天井や救急車の天井、病院についてから各部屋にまわされ、CT2回撮るなど色々な処置をされているのがわかりました。そしてICUに収容されました。
どれだけ時間が経ったのかわかりませんが、家内の私に話しかける声と、医師と話をする声が聞こえてきました。話し声はするのですが、全く何も見えませんでした。医師の声も外国人?のように聞こえました。しかしこれは正しく、主治医はドイツ人でした。
この後主治医から今は危険な状態にあることや、もし命が助かっても大きな後遺症が残ること場合が多いと家内は聞かされていました。

9月30日、2日目は、気が付いてまわりを見ると、医師や看護師が多数おり、私以外に5人患者がおることがわかりました。ただボーっと周りの様子を眺めているだけでした。そして3回目のCTを取り、午後になり、1階のICUから8階の脳神経外科のSCUに移されました。ここは看護師さんが常駐で、3人の患者がおり、2~3週間様子を見るということになったそうです。ずっと意識はありましたが、暗い部屋で、入院患者がしょっちゅう入れ変わっていたように思います。時々真っ暗になったり、輝くリングが見えたりすること以外、あまり良く覚えていません。

奇跡的に復活

2014-11-22 14:25:42 | 大学
9月29日以来姿を消しておりましたが、本日復活しました。
実は昨日病院を退院して、自宅に戻ってきました。

約7週で復活できたのは、本当に奇跡的でした。

明日以降パソコン等の整理がつきましたら、詳しく報告します。

大学院修了式

2012-03-20 14:20:57 | 大学
長い充実した1日でした。
朝5時に起きて、まずは「ゆず」の散歩、寒いのと朝早いので少し不思議そうな顔をしていました。
支度を済ませて、8時半に家を出ました。
いつも通ったスクーリングよりは1時間ほど遅いので朝はゆったりと出来ました。

13時半に学校に到着、
すでに式典が終了した学部生のはかま姿があちこちで見られ、
華やかで春を感じるものでした。
学校内をうろうろしていると父兄に間違えられそうです。

すぐに課題研究でお世話になった先生の研究室に向かい、
論文の製本にサインを頂きました。
先生と雑談しているともう14時半で、あわてて集合場所に向かいました。

すでに修了生は集まっており、参加されていたのは、
1期生9名2期生32名でした。
今年は50名余りが修了されたとのことでした。

15時、少し寒いので、コートを着て、学位授与式会場の体育館に向かいました。

大学院博士課程と修士課程通信を含めて100名余りの参加で、
2年前に経験した全学部合同の卒業式典と比べて閑散としていました。

式典は、仏式で合唱・礼拝、真宗宗歌の合唱、三帰依文で始まりました。
あとは一般の式典と同じで、一時間程度で終わりました。

引き続いて、集合した教室に戻り、
一人ひとりに死生学担当のK先生から学位記の授与と握手が行われました。
そのあと出席されていた先生方からお言葉を頂戴して、お開きとなりました。


私は合間合間のわずかな時間に、製本した論文に、
知り合った皆さんのコメントを出来るだけ頂こうと思いましたが、
時間が余りありませんでした。

次の懇親会まで一時間以上あったので、駅前の喫茶店で時間調整しました。
私と同い年で、4月から博士課程に進まれるKさん、
すでに今日の分も合わせて3つの修士を持ちさらに4月からは大学院と学部の両方に籍を置かれるIさんとご一緒でした。
これからのこともあり、主に大学院関係のいろいろな情報を教えて頂きました。
私も4月から近隣の大学の学部で勉強することが決まっているので、
3人とも引き続き学生です。

18時から懇親会が始まりました。
学院長など先生が5名、今年の修了生、昨年度の修了生と在籍生を30名位の参加でした。

先生や学生のお互いの経験談や苦労話に大変盛り上がっていました。
この貴重な時間にもかかわらず、厚かましく
T学院長や通信教育部の責任者のS先生からも論文にお言葉を頂きました。

88歳のお母さんを連れてこられていた方もおられ、
お母さんを大事にされている様子が微笑ましかったです。

ブログを書いているせいで、
私のことをよく知っておられる方から声をかけて頂きました。

20時を回り、帰りの新幹線に時間が気になりだした時、丁度お開きになり、あいさつもそこそこに会場を後にしました。
お世話をしてくださったWさん、Kさん、Tさんありがとうございました。

21時20分発の最終列車に間に合い、帰宅の途に着きました。
家に帰りついたのは、午前1時を回っていました。

流石に疲れましたが、心地よい疲れで、お風呂につかって2時前に就寝。
朝は7時に、気持ちよくさわやかに目覚めました。

論文の製本集には、
口述試問の日と、京都勉強会、大阪勉強会、神戸勉強会、修了式当日と5日間で、
30名もの方にお言葉を頂きました。
良い記念品が出来ました。
時間が足りなくて書いて頂けなかった方にも、
何かの機会にお願いしたいと思っています。

明日は修了式

2012-03-18 14:24:11 | 大学
楽しく勉強させてもらった大学院の2年間でしたが、明日が修了式です。

もちろん日帰りですが、出席します。
朝出発して、
14時半集合、15時から通学部と合同の式典があり、16時から修了証書授与です。
18時から先生方、同期卒業生、昨年の卒業生及び在籍生による懇親会があります。
先生方は5名も参加予定で、賑やかな集まりとなりそうです。
そして、最終の新幹線の乗り、午前1時過ぎの帰宅となります。

でもこの2年間で東京へ20往復し、半分以上が日帰りでしたが、
60日余り滞在もしました。
よく体力と金力がよく続いたと思います。

2年前のこの日に、学部の卒業式に参加し、
昨年は震災の影響で式典は中止でしたので、
2年ぶりの式典にまた参加できて、幸せだと思います。

明日は長くて楽しい1日になりそうです。

修了式の予定

2012-03-09 09:49:10 | 大学
修了式の学割証が届いたので、正式通知な履修修了の通知はありませんが、
多分間違いなく修了出来ると思っています。

当日は、朝大阪を出発して、14時半の集合時間までに学校に到着し、
15時から大学院合同の修了式、16時から証書授与、17時終了で、
18時から20時まで謝恩会&懇親会、
それから最終の新幹線で大阪へ直帰します。

今年度最後の神戸交流会

2012-02-27 09:48:59 | 大学
今日は勉強会は無しで、懇親会のみとなりました。

特定課題研究のアンケート調査をさせて頂いた結果報告と論文披露してきました。

死生観、臓器移植、遺体の献体や老人介護や孤独死、そして死の迎え方まで、
やはり武蔵大で学ぶ人ならではの話題となりました。

最後は、来年度登録する履修科目の話になり、引き継がれる幹事さんが紹介されました。

気がつけば、17時から始まったのにもう22時前になっていました。
なかなか名残惜しかったですが、お開きとなりました。


今日で、私も特定課題研究のアンケート調査に協力頂いた京都、大阪、神戸の勉強会を回り、
アンケートの結果報告と、論文を披露して、
これで武蔵野の4年間が修了したという実感で一杯になりました。

皆さん本当にありがとうございました。

ここ7年間この時期も次年度の勉強の準備をしていて、
常に続いていた学校関連の行事や作業が、
今日から3月の19日の修了式と4月1日の新しい学校のオリエンテーションまで
しばらく何もしない期間が続きます。
なんとも表現のしようのない状態、気分です。

とりあえず、7年間で山積みになっている机の周りの本屋や資料を整理します。

今年度最後の大阪勉強会

2012-02-26 07:23:40 | 大学
今回は9名の参加者があり、
事務室の手違いで、大きなホールの片隅にテーブルを置いて
のびのびした広い会場での集まりとなりました。
5名の方が卒業されるということ、お菓子を食べながらの賑やかな会となりました。

来年度以降の卒業を目指して、実験のアンケートを取られる方、
私のように記念の論文集にサインをしてもらったり、
4月から臨床心理系の大学院に合格され夜間に通われる方の受験対策の様子を聞けるなど、
今回も盛りだくさんの内容でした。

最後は、今年恒例となったディスカッションで、
今回はうつ病について、まわりでの経験談や
会社でその相談指導を受けられている方のアドバイスなど有意義なものとなりました。

その後お茶を飲みに行ったのですが、
その場で来年の幹事さんが、着々と開催場所を予約され、
来年の第1回目の開催場所や開催日時の発表がありました。

今年5人も卒業しますが、来年度も賑やかに続いて行くと感じました。