シティポップ(再)入門:竹内まりや『VARIETY』 「プラスティック・ラブ」は異色だった? 代表的な作風を確立した1枚
8/3(火) 12:03配信
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竹内まりや『Variety (30th Anniversary Edition)』
日本国内で生まれた“シティポップ”と呼ばれる音楽が世界的に注目を集めるようになって久しい。それぞれの作品が評価されたり、認知されるまでの過程は千差万別だ。特に楽曲単位で言えば、カバーバージョンが大量に生まれミーム化するといったインターネットカルチャー特有の広がり方で再評価されるケースが次々登場している。オリジナル作品にたどり着かずとも曲を楽しむことが可能となったことで、それらがどのようなバックボーンを持ち、どのようにして世に生み出されたのかといった情報があまり知られていない場合も少なくない。 【写真】ライブ中の竹内まりや そこで、リアルサウンドではライター栗本斉氏による連載『シティポップ(再)入門』をスタートする。当時の状況を紐解きつつ、それぞれの作品がなぜ名曲・名盤となったのかを今一度掘り下げていく企画だ。毎回1曲及びその曲が収められているアルバムを取り上げ、歴史的な事実のみならず聴きどころについても丁寧にレビュー。当時を知る人、すでに興味を持ってさまざまな情報にふれている人はもちろん、当時を知らない人にとっても新たな音楽体験のガイドになるよう心がける。 記念すべき連載第1回は、一大ムーブメントを巻き起こした竹内まりや「プラスティック・ラブ」及び、収録アルバム『VARIETY』について解説していく。(リアルサウンド編集部)
竹内まりや『VARIETY』(1984年)
ここ数年、日本に限らず世界中でブームになっているシティポップ。その象徴でもあり、牽引する存在となっているのが、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」であることはよくご存知だろう。アンオフィシャルでYouTubeにアップされた音源が6000万回以上も世界中の音楽ファンによって再生され、多くのミュージシャンによってカバーされている。思い付くだけでも、tofubeats、CHAI、Friday Night Plansなどの秀逸なバージョンがあるし、台湾のR&B系シンガーの9m88(ジョウエムバーバー)、インドネシア発YouTuberのレイニッチ、米国人女優兼声優のケイトリン・マイヤーズが歌うなど海外にも伝播している。他にも、YouTubeやニコニコ動画などの「歌ってみた」系動画も含めれば無数といってもいいほどこの曲は歌われており、それだけ世代や国籍を超えて惹きつけられる魅力があることがわかる。 「プラスティック・ラブ」が発表されたのは1984年。今となっては竹内まりやの代表曲として評価されているが、当時はそういう位置付けではなかった。彼女のキャリアを振り返ると、むしろ異色の作品といってもいいだろう。例えば夫の山下達郎や、彼が関わっていた吉田美奈子、大貫妙子などは、ソウルやファンクに影響され、その後レアグルーヴとしてDJにも重宝されるようになった楽曲は多々あるが、竹内まりやに限ってはほぼ見当たらない。そういった意味でも非常に奇跡的な一曲と言えるかもしれない。 竹内まりやは、まだ大学生のときにデビューを果たしている。1979年に「SEPTEMBER」、翌1980年には「不思議なピーチパイ」がヒットし、いわゆる当時のニューミュージックと呼ばれるシンガーのトップアーティストとなった。ただし、当時から自身で作詞作曲を手掛けていたものの、シングルヒットに関しては林哲司、加藤和彦、松本隆といった職業作家によるものが多く、彼女のソングライティング能力はさほど評価はされていなかった。 1981年に体調を崩して休業し、1982年には山下達郎と結婚。家庭生活を優先したため、表舞台からは遠ざかってしまった。数年のブランクの後に、久々に復活しようということで制作されたアルバムが、「プラスティック・ラブ」を収録した1984年発表の『VARIETY』である。独身時代は半ばアイドル的な存在でもあったため、結婚後のアルバムがどの程度売れるかは、当時のスタッフにとって未知数だったという。しかも、第一子の出産とリリースタイミングが重なってしまい、本人稼働のプロモーションもできなくなってしまった。 とはいえ、『VARIETY』は山下達郎が全面的にプロデュースを手掛けたということもあって前評判も高く、久しぶりのアルバムリリースということで逆に話題となり、オリコンのアルバムチャートで初登場1位を獲得。ブランクをまったく感じさせない素晴らしい内容のアルバムで、再びポップシーンに竹内まりやの名前が燦然と輝くことになったのである。 「プラスティック・ラブ」を入り口に竹内まりやを知ったリスナーは、この『VARIETY』に期待をするかもしれないが、そういう視点でいえば「プラスティック・ラブ」タイプの楽曲は他には収録されていない。先述の通り、そもそも竹内まりやにとっては異色曲であり、当時のファンからもこの曲はちょっと浮いている存在という認識だったのだ。だからといって『VARIETY』が聴くべき作品であることには微塵も変わりはない。なんといってもこの作品こそ、竹内まりやがシンガーソングライターとして大成した作品であり、その後の彼女の作品はすべてここから派生しているといってもいいだろう。 彼女の数ある楽曲のなかでも、最もよくあるタイプが、いわゆるオールディーズ風のセンチメンタルでどこかノスタルジックなポップスだ。冒頭に収録された先行シングルの「もう一度」に始まり、少しフィリーソウル風のアレンジを取り入れた「本気でオンリーユー (Let's Get Married)」、The Beatlesにオマージュを捧げた「マージービートで唄わせて」、大滝詠一のようなウォールオブサウンドを取り入れた「ふたりはステディ」などが、いわば竹内まりやの代表的な作風である。この後続々と発表していくヒット曲や、他のシンガーに提供した楽曲も大抵はこの系統である。 もうひとつ彼女らしさを挙げるとなると、ウェストコーストロックタイプということになるだろう。デビュー当時から「名古屋のはっぴいえんど」といわれたセンチメンタル・シティ・ロマンスをバックバンドとして起用していたこともあり、爽快なAORやサザンロック的なサウンドを取り入れている楽曲もいくつか見られる。ペダルスティールの音色が心地良い「One Night Stand」や少しハードなサウンドが新鮮な「アンフィシアターの夜」などが挙げられる。当時の彼女のライブのイメージは、おそらくこういったサウンドだ。 『VARIETY』はそのアルバムタイトルの通り、バラエティに富んでおり、上記のタイプだけにくくれるわけではない。「水とあなたと太陽と」のようなボサノヴァスタイルを取り入れたナンバーもあれば、王道のバラードナンバー「シェットランドに頬をうずめて」なんていう完成度の高い楽曲もある。ただいずれにしても、どこか懐かしさのある楽曲を歌うというのが、竹内まりやの特徴であり、「プラスティック・ラブ」のようなモダンなコンテンポラリーサウンドに乗せた、夜が似合う楽曲は他にはない。あえていうなら当時のR&Bバラードを思わせる「Broken Heart」が近いが、いずれにせよこれまでの彼女の歴史の中で、「プラスティック・ラブ」は突出して、新しいタイプの竹内まりやを提示する楽曲だったのだ。そしてそれだけではない完成度の高いポップスが並んでいるのが『VARIETY』なのである。 言うまでもなく「プラスティック・ラブ」は素晴らしい楽曲だが、この曲だけで竹内まりやを語るのはもったいない。「プラスティック・ラブ」で竹内まりやを知ったという方には、ぜひ『VARIETY』というアルバムをトータルで楽しんでいただきたい。そこからまた新しい音楽体験が始まるはずだ。