ゆぅすけです。
私は常日頃より、「和」を重んじ生きることを心がけています。
この「和」を重んじ生きることが、日本人ならば当然の義務であるからという個人的な考えのもとにであります。
哲学や法というものに感心を抱き、現代日本がどのような国家であるのかを自分なりに色々考えてみました。すると、自然に「和」を重んじる気持ちが芽生えてきたのです。
私自身は、哲学や法を学んだところで、実生活の中で何かしら変化するということはほとんどありません。収入が増えるわけでもなく、誰々様に小難しい講釈を垂れるわけでもありませんからね。このブログで自分の考えを纏めているに過ぎないのです。
ですから、哲学や法を学ぶことを一種の趣味と捉えることで、そこに心の迷いというものが一切生じないわけでありますから、純粋な心を以て「和」の精神を見つめることが出来ます。
そこで今回は、法治国家と徳治国家との違いをあれこれ考え、真の平和主義国家としてのわが国の方向性を見出していきたいと思います。
1、歴史背景
わが国は明治維新までを「徳治国家・日本」として永く繁栄しておりましたが、近代化(西洋化)とともに「法治国家・日本」へと劇的に変化を遂げることになります。そして、現代では「法治国家」が当然のことのように言われていますが、わが国の永きに渡る歴史のなかで、この「徳治国家」の存在を無視することはできないと思います。たしかに今後の日本を考えたならば、世界の中の日本としてどうあるべきなのか、という未来思考に心を囚われてしまうのかも知れませんが、そこをグッと堪え、まずは温故知新、古きを知ることが大切であります。
わが国は敗戦とともに「徳治国家・日本」を悪く評価するようになりました。米国や支那による自虐史観を日本国民に刷り込ませる政策や戦略が実施されたわけでありますが、それに便乗する日本人が、さらに過激な日本批判をとるようになります。それがご存知、マスメディアや日教組などであります。こうしたマスメディアや日教組などの、過激ともいえる自虐史観(所謂反日)の刷り込みは、日本の歴史そのものまでを批判の対象としてしまうようになり、結果、国民のほとんどが歴史に関心を抱かなくなり、未来思考に心を囚われるようになります。
そして、いよいよ戦前を知らない日本人が、国家の中枢を担うようになってきた昭和60年代、世間では古い世代と新しい世代との世代交代がおこり、仕事も家庭も娯楽もトレンディ(流行)化され、まさにマスメディアや日教組が刷り込んだ自虐史観が、国民の中で開花してしまったのです。この頃になると、もはや戦前を語る人も少なくなり、語れば"時代おくれ"と称され、相手にされなくなっていきます。
こうした歪んだ未来思考は、「徳治国家・日本」を否定するだけでなく、「法治国家・日本」までもを否定することに繋がります。そうなれば、もはや国家国民としての信頼関係は崩れ、互いに暴走してしまい、政府は「法の支配」により国民を束縛し、そして国民は政府に対し「国家権力だ」といって批判します。
こういった流れは、現在のわが国の情勢をよくよく見れば分かると思いますが、全てはマスメディアや日教組などに仕組まれてのことであり、裏では、米国や支那が大きく関与しているのです。
もはやわが国は法治国家でもありませんし、もちろん徳治国家でもありません。ひとりひとりの権利と自由を弄ぶだけの、所謂ならずもの国家と言わざるをえないと思います。
2、法治と徳治の違い
法治・・・民主主義国家の代名詞とも言われていますように、国民の多数決により選出された政治家が、法を制定し、国を治めます。よって政治家の質よりも国民の質が問われますから、国民に対する教育指導が徹底されていなければなりません。
徳治(人治)・・・時の為政者が法を制定し、国を治めます。このため為政者の質が国家を左右させますので、国家運営には相当な国民との信頼関係が構築されていなければなりません。
わが国はこれまで、徳治国家として永く繁栄してきました。その土台としては中央集権が成され、憲法が制定されることでありました。永い年月の中では地方分権がおこり対立することもありましたが、天皇を中心とした徳治国家・日本は、それを延々と守り抜いてきたのです。
そして明治維新後のわが国は、法治国家としての新しい国家運営を迫られることになります。この時も土台は中央集権であり、憲法でありました。その後は西洋に習った形で、次々と法を制定いくようになりますが、日本古来的なものはきちんと守られていました。
3、これからの日本は・・・
法治国家であれ、徳治国家であれ、やはり基本は民主主義でありますが、現代のような未来的思考・合理的思考の、筋道や道理がまかり通らない民主主義観念のもとでは、必ずといって国家は乱れてしまいます。
そうなれば政府は法の支配でさらに国民を縛りつけることになり、国民の政府への不満は増していくことになります。こうした国民の不満を一気に掌握する力をもつのが「革新家」や「革命家」と呼ばれる人たちでありますが、こういう人たちの多くは、「平和」というものを深く意識していません。
その理由としては、『人間は常に矛盾と対立闘争を生み出し、戦争と革命を繰り返す生き物』という思想に添ってのものであります。(唯物論的弁証法の根本法則)
この法則に従えば、「和」の精神を最も重んじ、2600年以上もの永きに渡る歴史を築いてこられてきた私たちの先人先祖を根本から否定するものでありますから、当然、天皇が世界平和の象徴であってはならないわけであり、「日本は悪い国だ!天皇反対だ!」と叫んでしまう理由として窺い知ることができるのです。
そして今後も、日本人自身が矛盾と対立闘争を生み出す装置として、米国に押し付けられた現行憲法が存在し、その手先としてマスメディアや日教組などが存在しているのです。
いまなお、敗戦後の日本はその呪縛から解放されずにいます。
一日も早く呪縛から解放されることを願い、さらには世界が真の平和を成就出来ますよう、心より想う次第であります。
歴史の浅い国家もあれば、歴史が古く由緒ある国家もあります・・・。
基督教の国家もあれば、イスラム教やヒンドゥー教や仏教の国家もあります・・・。
一年中暑い国家もあれば、一年中寒い国家もあります・・・。
そんな国々の人全てが、生まれた故郷(国)に誇りをもち、心穏やかに過ごして頂けますよう、切に願いたいものです・・・。
私は常日頃より、「和」を重んじ生きることを心がけています。
この「和」を重んじ生きることが、日本人ならば当然の義務であるからという個人的な考えのもとにであります。
哲学や法というものに感心を抱き、現代日本がどのような国家であるのかを自分なりに色々考えてみました。すると、自然に「和」を重んじる気持ちが芽生えてきたのです。
私自身は、哲学や法を学んだところで、実生活の中で何かしら変化するということはほとんどありません。収入が増えるわけでもなく、誰々様に小難しい講釈を垂れるわけでもありませんからね。このブログで自分の考えを纏めているに過ぎないのです。
ですから、哲学や法を学ぶことを一種の趣味と捉えることで、そこに心の迷いというものが一切生じないわけでありますから、純粋な心を以て「和」の精神を見つめることが出来ます。
そこで今回は、法治国家と徳治国家との違いをあれこれ考え、真の平和主義国家としてのわが国の方向性を見出していきたいと思います。
1、歴史背景
わが国は明治維新までを「徳治国家・日本」として永く繁栄しておりましたが、近代化(西洋化)とともに「法治国家・日本」へと劇的に変化を遂げることになります。そして、現代では「法治国家」が当然のことのように言われていますが、わが国の永きに渡る歴史のなかで、この「徳治国家」の存在を無視することはできないと思います。たしかに今後の日本を考えたならば、世界の中の日本としてどうあるべきなのか、という未来思考に心を囚われてしまうのかも知れませんが、そこをグッと堪え、まずは温故知新、古きを知ることが大切であります。
わが国は敗戦とともに「徳治国家・日本」を悪く評価するようになりました。米国や支那による自虐史観を日本国民に刷り込ませる政策や戦略が実施されたわけでありますが、それに便乗する日本人が、さらに過激な日本批判をとるようになります。それがご存知、マスメディアや日教組などであります。こうしたマスメディアや日教組などの、過激ともいえる自虐史観(所謂反日)の刷り込みは、日本の歴史そのものまでを批判の対象としてしまうようになり、結果、国民のほとんどが歴史に関心を抱かなくなり、未来思考に心を囚われるようになります。
そして、いよいよ戦前を知らない日本人が、国家の中枢を担うようになってきた昭和60年代、世間では古い世代と新しい世代との世代交代がおこり、仕事も家庭も娯楽もトレンディ(流行)化され、まさにマスメディアや日教組が刷り込んだ自虐史観が、国民の中で開花してしまったのです。この頃になると、もはや戦前を語る人も少なくなり、語れば"時代おくれ"と称され、相手にされなくなっていきます。
こうした歪んだ未来思考は、「徳治国家・日本」を否定するだけでなく、「法治国家・日本」までもを否定することに繋がります。そうなれば、もはや国家国民としての信頼関係は崩れ、互いに暴走してしまい、政府は「法の支配」により国民を束縛し、そして国民は政府に対し「国家権力だ」といって批判します。
こういった流れは、現在のわが国の情勢をよくよく見れば分かると思いますが、全てはマスメディアや日教組などに仕組まれてのことであり、裏では、米国や支那が大きく関与しているのです。
もはやわが国は法治国家でもありませんし、もちろん徳治国家でもありません。ひとりひとりの権利と自由を弄ぶだけの、所謂ならずもの国家と言わざるをえないと思います。
2、法治と徳治の違い
法治・・・民主主義国家の代名詞とも言われていますように、国民の多数決により選出された政治家が、法を制定し、国を治めます。よって政治家の質よりも国民の質が問われますから、国民に対する教育指導が徹底されていなければなりません。
徳治(人治)・・・時の為政者が法を制定し、国を治めます。このため為政者の質が国家を左右させますので、国家運営には相当な国民との信頼関係が構築されていなければなりません。
わが国はこれまで、徳治国家として永く繁栄してきました。その土台としては中央集権が成され、憲法が制定されることでありました。永い年月の中では地方分権がおこり対立することもありましたが、天皇を中心とした徳治国家・日本は、それを延々と守り抜いてきたのです。
そして明治維新後のわが国は、法治国家としての新しい国家運営を迫られることになります。この時も土台は中央集権であり、憲法でありました。その後は西洋に習った形で、次々と法を制定いくようになりますが、日本古来的なものはきちんと守られていました。
3、これからの日本は・・・
法治国家であれ、徳治国家であれ、やはり基本は民主主義でありますが、現代のような未来的思考・合理的思考の、筋道や道理がまかり通らない民主主義観念のもとでは、必ずといって国家は乱れてしまいます。
そうなれば政府は法の支配でさらに国民を縛りつけることになり、国民の政府への不満は増していくことになります。こうした国民の不満を一気に掌握する力をもつのが「革新家」や「革命家」と呼ばれる人たちでありますが、こういう人たちの多くは、「平和」というものを深く意識していません。
その理由としては、『人間は常に矛盾と対立闘争を生み出し、戦争と革命を繰り返す生き物』という思想に添ってのものであります。(唯物論的弁証法の根本法則)
この法則に従えば、「和」の精神を最も重んじ、2600年以上もの永きに渡る歴史を築いてこられてきた私たちの先人先祖を根本から否定するものでありますから、当然、天皇が世界平和の象徴であってはならないわけであり、「日本は悪い国だ!天皇反対だ!」と叫んでしまう理由として窺い知ることができるのです。
そして今後も、日本人自身が矛盾と対立闘争を生み出す装置として、米国に押し付けられた現行憲法が存在し、その手先としてマスメディアや日教組などが存在しているのです。
いまなお、敗戦後の日本はその呪縛から解放されずにいます。
一日も早く呪縛から解放されることを願い、さらには世界が真の平和を成就出来ますよう、心より想う次第であります。
歴史の浅い国家もあれば、歴史が古く由緒ある国家もあります・・・。
基督教の国家もあれば、イスラム教やヒンドゥー教や仏教の国家もあります・・・。
一年中暑い国家もあれば、一年中寒い国家もあります・・・。
そんな国々の人全てが、生まれた故郷(国)に誇りをもち、心穏やかに過ごして頂けますよう、切に願いたいものです・・・。