真の動物福祉牧場を目指して

信を届けるのが大変な時代

信と言えば今では電話やメールが主流で、世界中ほぼどこでも瞬時に届きます。 しかし百年前は手紙しかなく、国際郵便は無いので異国の家族に信を届けるのは大変な時代でした。
私は現代では珍しく長い手紙を何回も送った経験があり、それは海外を長く旅してたので読み終わった本と一緒に家に送り、本の感想やら旅の出来事など書くことがいっぱいあったからです。
母はその手紙を大事にとっていてくれ、お陰でこちらも書き甲斐が持てました。

さて、ジョンとガネシヤも母に手紙を書きますが、届けるのは一筋縄では行きません。そこでトゥルクに協力してもらい、彼女の護衛2人の内の1人に使者としてカルカッタまで行って貰います。彼はラサまで行って日本でのトゥルクの活動を報告するので、そのついでとします。
こうして5年ぶりぐらいに、親になった息子からお婆ちゃんになった母に信が届けられます。

ジョンの信は日本の浦上で家族を築いた事で確固としたものと成り、それは西洋人が抱く選民思想の間違いや、戦争で利益を得ようとする国家の過ちなど、今としては当たり前の事ですが、当時の帝国主義の国(日本も)でそうした当たり前の事を言うと捕まる時代でした。
そして何故か、そうした思想犯は浦上の教会の近くに国が建てた刑務所に入れられてました。これは恐らく、長崎が昔からの天領(天皇直轄地)の名残で言論の自由が他と比べて有り、クリスチャン集落は外国人も多くより自由が認められていて、そこで労役させられる思想犯にとって望ましい環境だと天皇が判断して建てられたのだと思います。
昭和天皇は実際聡明だったので、このくらい持ち上げてもバチは当たらないでしょう。

話が逸れましたが、ジョンは妻を良く愛して子供を次々と誕生させ、その子らは小さいうちから寺子屋のアイドルとなり、人々の人種差別意識を無くさせて行きます。メアリーはこうした孫の活躍を格別に喜び、カルカッタのスラムでの活動の大きな心の支えとなります。

ガネシヤの手紙はインド的な物語調で、それは戯曲形式の会話が主体で風景などは詩で表現するものです。
日本での生活は彼に詩的な感動を多く与えてくれ、そのお陰で彼は本格的に創作を始められました。
そんな彼の手紙は果てしなく続き一冊の本となり、それはラクシュミーの心を5年間も埋める程でした。
彼女も物語好きで、返事も長い時間をかけて物語で書いて次の使者(カルカッタから日本に渡るチベット人)に託し、ガネシヤの創作を祝福します。
こうした信のやり取りはもっと描き出したく、中国人は独自のルートで信を本国と結んでおり、それはロシア人も然りで共に革命の趨勢と親族の安否を心配していました。
フランス人カップルも貴族の親に冒険の顛末を報告しますが、それは早くもフランスという国への忠誠心を超え、芸術家的な人類愛の道に進んでいる事を伝えます。
まあこんな感じで「信」の章は手紙文学の形式を取り、みんなの信が集まるような理想を描けたらいいなと思います。
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