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History, Strategy, Ideology, and Nations

戦後における旧日本軍将校の活動

2010年12月29日 | MILITARY

 少し前の記事でも言及したが、
 「ナチス戦犯公開法(Nazi War Crimes Disclosure Act)」に基づいて公開された文書には、
 ドイツだけでなく、日本の旧軍将校について扱ったものも多く含まれているので、
 そうした文書を使った研究が次第に発表されるようになってきた。
 その中でも、特にこの文書を積極的に紹介している研究者として、
 早稲田大学の有馬哲夫教授が挙げられるだろう。
 本来の専門は、メディア論だが、近年、米国で収集した文書を利用して、
 これまで知られていなかった旧日本軍将校たちの動向について扱った書物が出版された。

 有馬哲夫
 『大本営参謀は戦後何と戦ったのか』
 新潮新書、2010年

 本書で取り上げられているのは、
 河辺虎四郎や有末精三、服部卓四郎、辰巳栄一、辻政信といった面々であり、
 いずれも戦後日本の情報活動に深く関わってきた人物である。
 「ナチス戦犯公開法」で機密解除された文書の中には、
 「個人ファイル(Name Files)」と呼ばれるものがあって、
 上に示した人物のファイルも収録されているのだが、
 本書は、そこに収められている文書の内容を詳しく紹介するといったものと言えるだろう。
 
 ただし、これらの人物を検討する上で、著者が一定の視座を立てているわけではなく、
 むしろ、各々の人物について、基本的に別個のものとして扱われている。
 そのため、全六章から構成されているが、どこから読んでも構わないようになっている。

 この中で、最も重要な人物は、辰巳栄一であろう。
 なぜなら、河辺と有末は、占領終結に伴って、米国からの支援を失ったことで凋落するとともに、
 服部は、再軍備問題で吉田と対立を深めていった結果、公職復帰のチャンスを逃してしまったが、
 辰巳は終始、吉田の軍事顧問として再軍備問題に関与しただけでなく、
 内閣調査室の非公式顧問となって、戦後日本の情報体制再編にも大きな役割を果たしたからである。

 ちなみに、吉田茂と辰巳栄一の関係については、
 毎週日曜日に『産経新聞』で連載中の「歴史に消えた参謀 吉田茂と辰巳栄一」が非常に面白い。
 執筆者は、産経新聞記者の湯浅博氏で、
 ここにおいても「個人ファイル」がふんだんに使われていることが分かる。
 いずれ単行本になるであろうから、
 両者の関係や戦後の日本政治史に関心を持つ人は、絶対にチェックしておくべきだろう。
 
 なお、辻に関しては、はっきりいってよく分からない。
 彼の真意について色々と考えるのは時間の無駄なのではないかという気もする。
 すべての謎が氷解すれば、それはそれで素晴らしいことかもしれないが、
 徳川埋蔵金と同じように、何かありそうで、本当は何もないというのが真相ではないだろうか。
 いつの時代も、深い思慮もなく、目先の利益のために異常な行動力を発揮する人というのはいるもので、 
 少なくとも辻の行動を見ている限りにおいて、
 どうもプリンシプルといったものとは無縁であるように感じられる。
 
 それと一つだけ、苦言を呈したいのは、
 本書のタイトルで示されている問い、すなわち、大本営参謀が戦後、何と戦ったのかという点に関して、
 きちんと答えていないのは、やはり不誠実であろう。
 おそらく編集者が勝手にタイトルをつけたものと推測されるが、
 いかなる経緯があるにせよ、問いへの答えを読者に委ねるような書き方は、
 著者自身が文書の意義をうまく消化できていないような印象を与える。
 せっかく断片的とはいえ、興味深い事実を記録した史料が出てきたのだから、
 それを一つのストーリーとして再構築する工夫を凝らしてほしかった。