日本の再軍備研究では、これまで旧海軍関係者からのアプローチに関するものが多くを占めており、
旧陸軍関係者の動向については、今一つよく分かっていなかった。
その最大の理由としては、史料的制約が厳しかったことを指摘しないわけにはいかないが、
近年、米国でCIA文書が公開されたことにより、旧陸軍関係者の動向について、
部分的とはいえ、実証的に把握することができるようになってきた。
なかでも、服部卓四郎を中心としたグループが再軍備に向けた計画案を策定していたにもかかわらず、
陸軍への嫌悪感を隠さなかった吉田茂の同意を得ることが叶わないまま、
結局、挫折していくプロセスが明らかになった。
柴山太
『日本再軍備への道』
ミネルヴァ書房、2010年
本書は、800頁近くある大著で、広範な史料収集に基づいた実証性の高さと、
日本再軍備を外交史・政治史的視点ではなく、あくまでも軍事史的視点から解釈した斬新性という点で、
今後、少なくとも20年以上、読み継がれることになるであろう傑作である。
そして、おそらく再軍備研究は、これから本書が一つのスタンダードとして機能していくだろう。
価格にして、9000円もするが、関心のある人は絶対に揃えておくべき一冊と言える。
本書では、米国の軍事戦略に日本が組み込まれていく過程において、
日本の再軍備に与えられた役割を歴史的に検討している。
包括する領域は広く、再軍備をめぐる米国の政治プロセスや軍事戦略の変化だけでなく、
日本国内の治安活動や英国からの影響力なども加味することによって、
吉田ドクトリンを成立させた理由を明らかにしている。
すなわち、「軽武装・通商国家」という戦後日本の国家戦略は、
西側陣営の軍事戦略体制に入ったことで、自らの防衛任務だけに専念すればよい環境が生まれ、
対外的に兵力を展開する必要もなくなったということである。
その結果、明治以降、続いてきた大陸拡張主義の終焉をもたらしたと同時に、
大陸拡張主義の根拠となってきた天然資源と市場の確保を米英が提供することで、
その経済的要因もまた消滅させることにつながったのである。
裏を返すと、米ソ冷戦の終焉によって、西側陣営の軍事戦略体制に揺らぎが生じ始めた時、
日米安保体制もまた大きな修正点に到達したことは、構造的に不可避だったことを意味している。
さらに、米英によって提供されてきた天然資源と市場が必ずしも十分でなくなると、
日本伝統の大陸拡張主義が再び台頭する可能性が出てくるということである。
TPP参加がなぜ決定的に重要なのかが、こうしたことからも理解されるであろう。
いずれにせよ、再軍備問題に強い関心を持っていなかったとしても、
巻末に収められた詳細な脚注を眺めているだけでも、その圧巻の具合を知ることができる。
最終的な結論部分のインパクトが弱いという点は否定できないが、
今年のベストは、おそらく本書で決まりであろう。