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History, Strategy, Ideology, and Nations

戦略研究の入門書

2010年06月06日 | MILITARY
 従来、日本人が「戦略」について、本格的に勉強したいと思った時、
 戦略家たちの書物を読むか、海外の大学や研究機関で学んでくるかの二つに一つしか方法がなかった。
 それというのも、日本では、ごく少数の大学を除いて、
 そうしたテーマを扱った講義が存在してこなかったからである。
 もちろん、現在に至るも、その状況に大きな変化が生じているわけではない。
 せいぜい「安全保障」をテーマにした講義で若干、触れられる程度である。
 海外の知識人などから、日本人は戦略的思考に欠けていると悪口を言われることがあるが、
 そもそも、戦後一貫して「戦略」なるものを国民に教育してこなかったのだから、
 そのような性向になってしまうのは、避けられるはずもない。
 
 だからこそ、今回、戦略研究のテキスト・ブックとして出版された書籍の登場は、
 これから「戦略」を真面目に勉強してみたいと思う人にとって、まさに朗報と言えるだろう。

 石津朋之・永末聡・塚本勝也編著
 『戦略原論 軍事と平和のグランド・ストラテジー』
 日本経済新聞出版社、2010年

 実を言うと、「戦略とは何か」という問いに答えることは簡単ではない。
 本書においても、それがいかに曖昧で多義的な概念であるかという点が強調されている。
 少し古い年代の人であれば、戦略とはすなわち、軍事学のことだと考える人もいるだろう。
 しかし、最大の国益が自己保存にあるとしても、
 経済的利益や道義的正当性といったものが、新たに国家の利益として重視されるにつれて、
 戦略もまた、軍事的関心だけにとどまらなくなってきたのである。
 本書では、そうした現代的な変化や潮流などにも十分、配慮されており、
 人権思想や国際法、環境問題といった点についても、章を立てて取り扱っている。

 また、入門書を意識して出版されているだけあって、
 各章末に「further reading」が列挙してあることも大いに助かる。
 特に海外では定番となっているにもかかわらず、
 日本ではまったく紹介されていない文献が比較的多く掲載されているので、
 この分野の専門家ではなくても、ちょっと何かを詳しく調べたい時などに、
 こうしたリストから目ぼしい文献をピックアップすることができる。
 
 執筆者の顔ぶれを見ると、若手から第一人者まで幅広い構成となっている。
 注目すべきは、女性研究者が複数、参加していることであろう。
 およそ軍事や戦争といった問題を扱う分野では、男性研究者が大半を占められており、
 女性の姿を見かけることはめったにない。
 この点からも、本書がバラエティ豊かなメンバーによって執筆されていることが分かるのである。
 
 歴史も理論も、平易な文章で程よくまとめられており、非常に読みやすい。
 ただし、一つだけ注文を付けるとすれば、
 戦略理論や戦略研究を応用する方法論について掘り下げた検討があっても良かったように思われる。
 なぜといって、本書の冒頭で示されているように、
 戦略とは、理論と実践の密接な関係にこそ、その特徴があるからである。
 もっとも、本書はあくまでも入門書として位置づけられている以上、
 そうした応用への発想に導いていくのは時期尚早ということなのかもしれない。
 
 いずれにしても、戦略研究を日本にも定着させたいという意気込みが感じられる好著である。
 値段も、3200円と高くないので、揃えておいても損はない一冊と言えるだろう。