YS_KOZY_BLOG

History, Strategy, Ideology, and Nations

抗日戦の軍事史的視点

2010年06月16日 | MILITARY
 今年一月、「日中歴史共同研究」の報告書が完成し、公表されることになったが、
 結局のところ、中国側の意向を汲む形でまとめられたという意味において、
 歴史問題を政治的な文脈から切り離して検討することは、やはり叶わなかったようである。

 しかし、これは当然の結果というべきであって、
 当初からこの取り組みを冷笑的に見る人も少なくなかった。
 とりわけ近現代史の分野では、中国共産党の歴史と密接に絡んでくるため、
 抗日戦をめぐる評価などについて、
 中国側の歴史的解釈に変更や修正を迫るということは不可能に近かったであろう。
 それでも、座長を務めた東京大学の北岡教授は、
 改めて双方に見解の違いがあることを確認できただけでも有意義であったとコメントしているが、
 逆に言えば、今回のプロジェクトがその程度の成果しか上げられなかったということでもある。

 今後、この教訓がどう生かされるのかは定かではないが、
 労多くして実り少ない歴史問題から手を引くことが最も賢明な判断であろうし、
 それによって、日本における学問的な自由さが保たれるように思われる。
 あたかも今回の報告書で示された内容が、日中双方で認められた歴史的解釈、
 すなわち「公史(official history)」として受け止められるようになることが何とも末恐ろしい。
 つまり、今回の歴史的解釈に反したものは、すべからく「異端」扱いされることになるのだから、
 学問的な自由さが損なわれること、この上ない。
 仮に参加した学者自身に、そうした意図はなかったとしても、
 最低限、合意された事項については、正当性を得たものとして独り歩きする可能性も考えられる。
 歴史家として参加した学者たちは、自分たちの判断に与えられる歴史的評価というものに、
 よくよく思いを巡らせるべきであった。

 とはいえ、日本における中国の近現代史研究を眺めていると、
 概して中国側の視点を重視して検討したものが多く、
 日本の大陸進出を「侵略」と位置づけて日本軍の軍事行動を批判するパターンが一般化している。
 その際、日本側の謀略が殊更、強調される傾向にあるようだが、
 元来、謀略そのものを批判することはナンセンスである。
 なぜなら、戦時下においては様々な欺瞞工作や陽動作戦を展開することは当然のことであって、
 そうした批判は所詮、敗北した側の政治指導者が自らの軍事的責任を転嫁するために、
 道義的な面から相手を非難しているだけのことである。
 また、日本側が中国の民衆にも銃口を向けたことに繰り返し批判を浴びせる論者もいるが、
 中国側が当時、どのような軍事作戦を展開していたのかを知らなければ、
 そうした批判が適切かどうかを判断することはできないだろう。
 たとえば、次の文献は、中国側史料も利用しながら、抗日戦を軍事史的な観点から再検討したものである。

 菊池一隆
 『中国抗日軍事史 1937-1945』
 有志社、2009年

 「遊撃戦論」に基づいて、毛沢東がゲリラ戦を行なっていたことはよく知られている。
 一方、本書で強調されているのは、
 蒋介石もまた、正規軍とは別に、一般の民衆も多く雇い入れた非正規軍を組織して、
 日本軍を相手にしたゲリラ戦を展開していたことである。
 つまり、国共合作という中で、国民党軍は共産党軍の軍事的手法に大きな影響を受けていたのであり、
 その結果、正規兵と一般民衆の区別が事実上、困難になってしまった。
 日本軍への批判を浴びせる前に、まずはこうした軍事情勢だったことを考えておかなければ、
 そうした批判も一方的なものになってしまうだろう。

 なお、本書第4章では、国民党の情報活動について言及されている。
 特に「藍衣社」、「C・C団」、「三民主義青年団」と呼ばれる結社に焦点を当てており、
 各々の活動の特徴を示しつつ、抗日戦や反日宣伝、テロ活動などに活躍したことを指摘している。
 十分な考察が行なわれているとは言えないが、
 冷戦期に中国南部で進められた対中工作との関連から見た場合、
 そこに大戦時からのつながりを見て取ることができるだろう。