冬桃ブログ

大事か小事か

 文書改ざんの報道を観ていたら、あることを思い出した。
 もう十数年も前のことだが、信州松本にある
「川島芳子記念室」へ行ったことがある。
 彼女は傀儡国家・満州国がらみで暗躍し、「男装の麗人」
「東洋のマタハリ」などと呼ばれて有名になった。
 その生涯は小説や芝居、映画、テレビドラマにもなっている。

 芳子は清朝の皇女として生まれた。
 世が世ならお姫様だが、時は清朝末期。
 辛亥革命で父の粛親王は北京から旅順へと逃れた。
 この時、粛親王のちからとなったのが、
松本出身の川島浪速という日本人。
 満蒙独立運動の中心的存在で、いわゆる大陸浪人だった。
 
 粛親王は川島を頼りにし、義兄弟の関係を結んだ。
 その証として、娘の一人を、養女として川島に送った。
 幼い皇女は芳子と名付けられ、川島の「娘」として
日本の信州・松本の川島家へ送られ、育つことになる。

 その後、数奇な運命を辿る芳子だが、墓は松本にある。
 松本には芳子関連の資料を集めた記念室があり、
彼女の中国側の身内(元皇族)が墓参りに来られるというので
この時、私も出かけていった。
 芳子のことを研究しているという女子大生二人が一緒だった。
 私はオールド上海がらみで川島芳子や李香蘭のことを
あれこれ読んでいただけだが、女子大生お二人は研究対象と
しておられるだけに、とても詳しかった。

 地元で記念室を守っておられる方、新聞記者、
芳子の親族などと一緒にお墓参りを終え、記念室も観て、
その夜は松本の、小さな民宿に泊まった。
 食事の後、女子大生二人は新聞記者(男性)の部屋で、
懇談していくという。
 体力に自信のない私は一人自室に戻り、布団に入った。

 眠りかけた頃だったか、悲鳴のような女性の泣き声が聞こえた。
 他に客はいない。声の主は明らかに女子大生の一人だ。
 非常事態が起きたのなら行かねば、と起き上がり、耳を澄ませた。
 が、どうやら泣いているというより怒っているようだ。
 もう一人の女子大生と新聞記者の声は聞こえない。
 やがてその声も収まり、宿はシンとなった。
 私が出ていく事態ではなさそうだと判断して、そのまま寝た。

 翌日、声の主ではない方の女子大生に、何があったのかと
こっそり尋ねた。するとこういう答えが返ってきた。
「芳子が義父に犯されたことをどう思うかと、彼女が
記者に尋ねたのです。そしたら、そんなこと、男にとっては
たいしたことじゃない、と記者が答えたので、彼女が激昂して」

 あの時代の「大陸浪人」に憧れる男性は多い。
 この記者も、川島浪速を熱く崇拝している一人だった。
 満蒙独立という「大事」を前に、女を犯したことなど
「小事」に過ぎない、というニュアンスだったようだ。

 自分の預かり知らぬ政治的・権力的事情のため、
親やきょうだいから引き離され、たった一人で日本に
送られた幼い芳子。
 17歳になった時、義父である川島浪速に
レイプされたという話は有名だ。
 川島浪速はかねてより「優秀な日本人である自分と
清朝の皇女である芳子、二人の血を引く子どもが生まれたら
これぞ日中の架け橋になる素晴らしいことだ」
 というようなことを公言していた。

 芳子はその事件が起きたとおぼしき後、長かった髪を
ばっさりと切り、「私は女を捨てて男になる」と宣言した。
 そして、みずから混迷の世に身を投じ、利用され
見捨てられたあげく、漢奸(スパイ)として処刑された。

 獄中で書いた彼女の日記を読んだ時、その深すぎる
孤独を思い、私は胸が詰まったものだ。
 

家あれども帰り得ず
涙あれども語り得ず
法あれども正しきを得ず
冤あれども誰にか訴えん

 長々と書いてしまったが、森友関連文書改ざん問題
に関して、安倍政権大好きのどなたかが、「日本の
国際的危機が迫っているという時、こんな程度のことで
騒ぐとはけしからん。財務官僚が自殺したのだって
朝日が暴いたせいだ!」とネット上で逆ギレ(としか思えないけど)
しておられるのを見て、反射的にこのことを思い出してしまったのだ。

 あの時、川島浪速ファンの新聞記者が発し、
女子大生が怒りの余り泣き叫んだという言葉。
「満蒙独立という『大事』を前に、女を犯したことなど
『小事」に過ぎない』が脳裏を行き来して止まない。

 「大事」はなにか、「小事」はなにか。
 私などにはいま判断できないが、
 そのうち、歴史が示すだろう。


 
 

 
 

 
 

 
 

コメント一覧

冬桃
とにかく
さすらい日乗さん
 弱い立場の者ばかり犠牲になるのは、たまらないですね。
さすらい日乗
面白い発想だとばかり言えませんが
http://sasurai.biz/
「森友関連文書改ざん問題に関して、安倍政権大好きのどなたかが、「日本の国際的危機が迫っているという時、こんな程度のことで騒ぐとはけしからん。財務官僚が自殺したのだって朝日が暴いたせいだ!」とネット上で逆ギレ(としか思えないけど)しておられた」とのこと。

へえ、そんな人がいるんだねえ。

私も、木っ端役人をやっていたからよくわかりますが、まさに「一寸の虫にも五分の魂」ですね。
元の文書が事細かに書いてあったのは、担当のノンキャリア官僚が、「これはひどすぎる」と思って決裁書類を作った証拠で、彼の「抵抗」です。
まだ、国にもましな役人がいるのですね。少し安堵しました。
上はひどいが、下はまともな人間がいる。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「雑記」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事