冬桃ブログ

惑乱の密室ミステリー

 3月25日にS村入りした直後から、花粉症は出ていた。
 でも昨年の苦しい経験を踏まえて、ありとあらゆる
対策グッズを持参している。なんとかそれでしのいで
いたのだが、4月に入ったとたん、体が壊れた。
 まさしく「壊れた」、という感じだったのだが、まずは
舌の裏の奥の、もうどこやらわからないあたりに口内炎ができた。
水を一口飲んでも身がすくむほど痛い。
 薬をつけてもいっこうに治らず、ひどいストレスになった。
 同時に喉がおかしくなり、声が出なくなった。かろうじて
出るのは、踏みつぶされたヒキガエルみたいな断末魔声。
 全身が怠く、動くのが辛い。それでもS村へ来ているという
気の張りで、できる限りの家事と野良仕事には励んでいた
つもりなのだが、ついに診療所へ行く羽目に。
 それでも体調はいっこうに回復せず、今度は痰のからまった
咳が、昼夜を分かたず続くようになった。

 やっかいな密室ミステリーは、これと並行して
起きていたのである。

 これまでS村滞在中は郵便物の局留めを利用していた。
 しかしこの春から畑にも関わることで、横浜より
村の方が長くなる可能性が出てきた。
 それで郵便物をすべて、S村へ転送してもらうことにして、
転送届を横浜の局に出した。
 村へ来て数日後、こちらの郵便局の方がみえ、
私がここにいることをちゃんと確認してくださった。
 
 が、今月に入り、異変が起きているとしか思えなくなった。
 一通も届かないのだ。郵便物が。
 もちろん郵便が来ない日だってある。けど、
一週間ゼロということは、これまでありえなかった。

 不安になり、体調最悪の最中、横浜の郵便局に電話した。
 ガイダンスがあれこれ流れて面倒だったが、転送手続きは
ちゃんとできている、という返答だった。なにか届いたら
S村の郵便局へ送られるはずだと。
 
 それではと、S村の局に電話してみた。
 こちらの返答も明確だった。
 「はい、手続きは完了してます。でも調べたところ、
山崎様宛の郵便物はまだ一通もこちらに届いておりません」
 つまり、郵便は一通も来ていないということか。

 それでも「異変」を捨てきれない私は、翌日、
横浜の住まいであるマンションの管理人室に電話をした。
 私はS村に行く前、管理人室に行って「しばらく
留守にします。郵便物の転送届はしてありますが、
万が一、こちらのポストに郵便物が配達され、ポストが
溢れているというようなことがありましたら、私にご連絡ください」
 と言っておいた。
 管理人は何人かの交代制になっているらしく、私もまさか
トラブルが起きるとは思わなかったので、相手の名前など訊かなかった。
 うちのマンションは戸数が多いので、管理人さんたちも
すべての住人の顔や名前は憶えていないだろう。
 しかし電話に出た管理人は中心的な立場のひとだった。
 が、その返答はと言うと、
「ああ、そういえば、同じ並びにポストがある部屋の人が
お宅のポストの郵便物が溢れていると言ってきましたねえ」

 え? そんなことがあったのなら、なぜ連絡をくれなかったのか。
いやそれ以前に、そんな報告を住人から受けたにも関わらず、
この人はポストを確かめにも行っていない様子。
 新聞や郵便物が溢れてたいら、孤独死、というケースだって
ありうるだろうに……。

 ダメもとでお願いしてみた。ここは横浜から遠くて
私はまだ帰れない。ポストを開けて、中身を保管しておいて
いただけないでしょうか。溢れているのなら、ほかの方の
迷惑にもなるから……と。
 案の定、きっぱりと断られた。
「それはできません。個人情報を見ることになるから、絶対
できません。誰かお友達か親戚に頼んだらいいんじゃないですか」
「誰もいないのです。それに誰か行ってくれたとしても
鍵がないとポストのところへはいけませんよね?」
 「そうですね。とにかくそれは私らの仕事じゃないから」
「では、管理会社に私からお願いしてみますから」
 「いや、会社はもっと駄目だと言いますよ。規則だから」

  「もっと」もへったくれもないだろう。住人がわざわざ
ポストから郵便物が溢れてると報告してくれてるのに、
確認もせずほっといたくせに……と言ってもしょうがないので
言わなかった。
 
 だけどどうしたらいいのか。
 二つの郵便局は手続き済みだというし、私にだって
ミスはない!
 で、再度、横浜の郵便局に電話し、マンションのポストが
なぜか溢れているようです、と伝えた。
「え? そうなんですか? 転送は数日かかることも
ありますが……では調べて折り返し電話します」
 と言ってはくれたが、「折り返し」はついになかった。

 出ない声を振り絞って、あちこちとやりとりし、
らちがあかないままぐったりしている私を見かねたのか、
うんざりしたのか(たぶんこっち)、老ドラゴンが、
いつものようにぶっきらぼうな口調で言った。
「郵便局のカスタマーセンターに電話して、事情を
話してみれば?」

 そんなもの、役に立たないに決まってる。
 また長いガイダンスが流れて「ただいま混み合って
おりますので、お掛けなおしを」と言われるだけだ。
 と渋ったものの、他にどうしようもないので、
そのカスタマーセンターとやらを調べて電話してみた。
 案の定、混みあっていたので何度か掛けなおしたが
ついに繋がり、女性の肉声と繋がった。
 私はヒキガエル声で、ことの顛末を繰り返す。
 これはクレームではありません、ただただ自分宛の
郵便物を、なんとか手にしたいだけなのです、と。
「では調べてみます」
 穏やかにその声は答え、私は疲れ果てて倒れこんだ。

 翌日、奇跡が起きた。
 両郵便局から電話が掛かってきたのだ。

 まずはS村。
「たいへん申し訳ありませんでした。調べなおしたところ、
届いておりました。今日、お持ちします!」
 そして夕刻、所長と配達員が何通かの郵便物を
お詫びのタオルと共に持参してくださった。
 私はひたすら礼を言った。とにかく安堵したのだ。
 しかしまだ問題は残っている。
 マンションのポストを満杯にしたほうの郵便物は?
 S村に届いた分だけでは、たしかに少ない。

 ほどなく今度は横浜の局から電話。
 マンションにおもむき、配達員が郵便物を入れる方の
口から、ポストの中を覗いたという。
「空っぽだったんです。なんにもありませんでした」

 すると「溢れてた」というあの話はなんだったの?

 ここに至ってついに、マンションの管理会社に電話した。
 またもや事情と経過を説明。結果、あのあと、管理人が
親切にも郵便物を取り込んでくれた、ということは、
まったくありえないことがわかった。規則だから。

 ならば、その「溢れるほどの郵便物」はどこへ消えた?
 ポストは、私以外、誰も開けられないはずの密室なのに。

 謎を抱えたまま、私の「断末魔のヒキガエル声」は
不意に襲ってくる激しい咳込みへと、その夜から移行した。
 
 これはヒキガエルではなく「ハイイロアマガエル」。
 小さいです。3センチくらい。石の色とそっくりだから
「擬態」かな。この春、初めて目撃!

 
 
 S村は一年中でいまが一番美しい季節。
 なのに昨年同様、私は惑乱の日々。
 今日、「正気に戻らねば」と外出して、驚いた。
 いつの間にか桜が満開!


 章子さんにいただいたチューリップは
明日にも開きそう!

コメント一覧

yokohamaneko
酔華さん

 まさかの出来事が起きてしまうのですねえ。
 S村から横浜へ、あるいはまた別のところへ
長きにわたっていくとか引っ越しするとかいう
時には、また転出届をだします。
 なにしろよく引っ越しをしたので、こういう
ことには慣れてるつもりでしたが、まあ驚きました。
 それにしても「プライバシー保護」は、それと
引き換えに、多くの「人間らしさ」を失うことに
もなったと思わずにはいられません。
酔華
二拠点生活も大変ですねぇ~
S村から横浜に戻るときは、どうなるんでしょうか。
今度は逆の手続き?
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