タイトルと違って期待を裏切らない。
最初は「文庫本だからバッグに入るし、電車に
乗るときにでも少しずつ」という感じで読み始めた。
が、途中から「うちに腰を落ち着けて読み続けよう」に変わった。
思えば、私が翻訳ミステリーに夢中になっていた
アガサ・クリスティー、エラリー・クィーンなどの時代は
探偵役がちょっと現実離れしていた。
暮らしの悩み~経済的なこととか人間関係とか~が
ほとんどない。その際立った頭脳と直感で、謎めいた
事件を解決するだけでよかった。
昔ほどミステリーを読まなくなったので、いまもそうした
「超人探偵」がいるのかどうかは知らない。
でも私が好んで手に取る北欧ミステリーなどは、探偵役も
犯人も生活感に溢れている。
映画化やドラマ化もされているが、見るからに質素で
中年太りしたおじさん、おばさんが主人公だったりする。
若くてきれいな女優さんでなきゃ主人公になれない
日本とは大違いで、もはや高齢者となった私は、まず
そのリアリティーに親近感を覚える。
さて「裏切り」である。
作者はドイツの女性作家、シャルロッテ・リンク。
私は知らなかったのだが、ベストセラーを連発している
国民的作家だという。
現実世界では暴力大嫌いで、格闘技さえ観ない私だが
物語の冒頭で謎めいた殺人事件が起きると、
正直なところミステリーファンとしてはわくわくする。
舞台はイギリス。無残に殺されたのはヨークシャー警察の
元警部、リチャード・リンヴィル。
惨劇の家にやってきたのは、リチャードの一人娘で、
ロンドン警視庁のケイト・リンヴィル巡査部長……というと、
颯爽とした女性を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。
小柄で痩せっぽちで影が薄い。地味な女性の典型。
39歳で独身。友達も恋人もいない。本人も自己肯定感が
きわめて薄く、自分がいかに魅力のない存在かを充分自覚している。
たった一人の家族である父親が、これほど残虐な殺され方をした
というのに、孤独なうえにも孤独になったというのに、
抱きしめてくれる人もいない……というヒロインらしくない
ヒロインに、まず私は激しく感情移入した。
それゆえ、彼女を空港に出迎えたケイレブに期待した。
優秀な警部だし、歳の頃も合う。アルコール中毒で倒れ、
妻とは離婚。子供なし、という過去もちょうど良い。
だからケイトが、父親を失ったばかりか、知りたくない父親の秘密まで
知る羽目になり、べろんべろんに酔っぱらって、ケイレブに
「帰らないで。今夜は一緒にいて」とベッドに誘い、ケイレブが
彼女を嫌悪感もあらわに押し戻したときは、読者である私も
どん底まで沈んだ。
なんなのその冷たい仕打ちは! いやいや、女の不幸や孤独に
つけこんで、「はいはい!」とベッドインしちゃう男じゃなくてよかったかも、
と自分に言い聞かせながらも、「君は俺の好みじゃないんだ。
酔っていようが、素面だろうが、君はこれまで出会った中で
最も魅力がない女性のひとりだ。きみとベッドに行くなんて、
とてもじゃないが考えられない」
と言葉に出してはもちろん言わなかったけど、彼の心の声として
文章で読んでしまった私は、ケイトの孤独にますますはまりこみ、
キッチンへお酒を取りにいかずにはいられなかった。
と、まあ、昔の「探偵小説」と違って、人間ドラマとしても
しっかり入り込めるところがまずは素晴らしい。
他の登場人物も緻密に描かれていて、それらが徐々につながりを
持っていく展開からも目を離せない。
ケイトとケイレブも事件を追ううちに、自身の深い
コンプレックスから徐々に立ち直っていく。
(そうでなきゃ辛すぎるしね)
読み終えて、さっそくこの作者の他の作品をアマゾンで注文。
よくクラッシュするパソコンを呪い、本屋さんが減少していく状況を
日頃、憂いていながらこういう時はネットの便利さに迷わず走る。
私も充分、「裏切り」人間かも。
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