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冬桃ブログ

10日間の横浜

 今回はたった10日間ではあったが、
じつに密度の濃い横浜滞在になった。

 振り返れば、転倒して救急車で運び込まれたのが
5月12日。足首三ヶ所骨折。
 そのまま入院。患部のハレが引くのを待って手術を
受けたのが17日。
 ベッドと車椅子から動けない入院生活を続け、
退院したのが6月20日。約40日間、足の他、
歯の痛みや膀胱炎、腰痛などにも苦しんだ。
 
 退院したものの、まだ松葉杖が必要な危なっかしい歩行。
車で銀行や区役所などをまわってもらい、各種の支払いや
手続きを終え、S村へ。そこでお世話になりながらリハビリを受けた。
 
 7月の末近く、いったん横浜に帰ったが、怖くて
外を歩けない。足は相変わらず心もとない状態だったので、
また転ぶのではないか、誰かに、何かにぶつかったら
どうしようと。
 手術、入院した病院へ経過を診てもらいに行き、
会うことになっていた友人達には、それぞれ我が住まいか、
住まいのそばの店まで来てもらい、そこで会食。
 相手には面倒をかけてしまったが、人付き合いが
途切れてしまっていないことを確認して、とても嬉しかった。
 一週間足らずで、また車に乗せて貰ってS村へ。

 次に帰浜したのは、それから一カ月以上過ぎた8月の末。
 S村の勝手知ったる家の中や畑では、杖も松葉杖もなしで
歩いていたのだが、相変わらずバランスは悪く、足首の
締め付け、痺れ、重さは消えていない。
 たくさんの人や車、自転車が予測不可能な動きで
迫ってくる町中は、前回の帰浜から一カ月以上たっていても
相変わらず怖い。また病院へ逆戻りすることになったら、
という不安が消えないのだ。
 なんとも臆病になってしまっている。

 それでも「誕生日を祝ってあげるから!」という
友人たちの言葉で、ついに大冒険(!)へと、文字通り
足を踏み出した。
 近所からバスに乗って(乗車も降車ももたもたして
他の乗客に迷惑をかけてしまった)新杉田で降りて
JRに乗り、石川町へ!
 そこから友人と合流してタクシーでホテルニューグランドへ。




 久しぶりに華やかでくつろいだ時間を過ごさせていただいた。
 帰りはタクシーで石川町へ。そこからはまた独り。
 JRとシーサードラインを乗り継ぎ、夜道を歩き、無事に帰宅して
大きなため息をついたものだ。

 そして今回の冒険はつい二日前。
 怪我のせいで何回も欠席続きだった寿歴史研究会の会議に出席。
 シーサイドラインに乗り、新杉田のみどりの窓口で
まずは後日のため、新幹線と飯田線のチケットを購入。
 JRで石川町へ。川沿いを歩いて寿町へ。
 ああ、ほんとに久しぶり。来られてよかったぁ!
 ドヤ街と呼ばれるこの町との付き合いも、20年くらいに
なるだろうか。もっと深く、もっと身近に関わってきた
研究会メンバーの方々と、この町の過去、現在、未来の話をする。
知らないことを教えていただく。私にとって大切な至福の時間である。


 元来た経路で帰宅したのは夜だった。
 足は、椅子に腰かけていれば楽かと言えば
さにあらず。いざ立ち上がると重さ二倍になっている。
 朝、目覚めた時も同じだ。
 ベッドから出られるのかと怖くなるほど、重く、
じんわりと痛い。むしろ動かしているほうがましだ。
 とはいえ、うちからの行き来でこれだけ歩いた後は
精神的なものもあいまって疲労困憊する。
 達成感があった半面、帰宅後は文字通り倒れ込んでいた。
 
 たった10日間の横浜滞在ではあったが、このほかにも
会いたい人には半分方、会えたし、行かねばならない場所へも行った。
 それらは相手方の厚意もあり、すべて少し歩くだけのご近所
にしていただくことができた。

 さて本日はさらなる大冒険。
 カートを引っ張ってリュックを背負い、
在来線を乗り継いで新幹線に乗り、再び先方の
在来線に乗り、S村へ単独で移動。
 またしばらくの滞在となる。
 足がなんともない時から、私はこの移動で
転んだり乗り換えを間違えて走りまくったりと
どたばた続きだった。
 今回は走れない足で、さてどうなることか。
 大きな駅での乗り換えが一番怖い。

 それにしても、こうした移動の際、このマークを
見えるところにぶらさげていたのに、電車で
席を譲られたことはなかった。


 やや混んだJRで立っていた時、すぐそばの席が
空いたので、やれ嬉しやと思ったら、隣に立っていた
若い女性が素早く坐った。次の駅でその隣が
空いたので、今度こそ、と期待したのだが、またもや
若い女性に滑り込まれてしまった。
 両女性とも、席を取る前から手にはスマホ。
 その画面から目を離すことはなかった。
 スマホやパソコンは便利だが、人間の心と脳を
ロボットにしつつあるのではないだろうか。
 操っているのは、どこの誰なのだろう。
 ひとのことはともかく、私は縁あって(?)
障害を持つ身となったのだから、心してロボットには
なるまいとあらためて思ったのであった。

コメント一覧(10/1 コメント投稿終了予定)

yokohamaneko
チビさん

 コメントをありがとうございました。
 自分が何かを失って、初めて気が付くことって
多いですよね。私も気が付けば、もちろん席を
代わりますが、困ってる人がいないかと、あたりを
見回すことは、していなかったかもしれません。
 臆せず、積極的に手を差し伸べることを、
これからは心がけようと自分に言い聞かせました。

 横浜の歴史は短いけどドラマチックです。
 知ってるつもりで知らないことも多いですよね。
 「歴史を背負った」ホテルであるニューグランドを
背景に、開港都市の魅力を知っていただけたらと願っています。
 読んでくださってありがとうございます!
チビ
山崎先生、
骨折されて以来、今までは何気なかったご移動ですら大変でいらっしゃいますね。
電車の座席の件、周囲への配慮よりスマホに夢中の若い方の振る舞いにはさみしさを感じますね。スマートフォンを持っていても全く本人はスマートじゃありませんね。
でも、そんな方ばかりではないですよ。私自身、会社帰りにどんなに疲れていても年長の方、ご不便ありそうな方には席をお譲りします。
もし先生と気づかなくても目の前にいらしたら、必ずお譲りします!

山崎先生を知ったきっかけは随分前ですが、ニューグランドを綴られた「横浜の時を旅する」でした。
郷土史的なことに関心持ち始めた時でした。
詩的なご表現のファンになり、以来、著作を拝読しています。
その後に選ばれるテーマにもとても共感し、問題意識も持たせていただき、刺激をいただきます。
ぜひこれからも横浜でもご活躍ください。
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