マーティン・ルーサー・キングは、ワシントンが18世紀に、リンカーンが19世紀に果たした役割を、20世紀に果たした。
キングと同じ頃に活動し、キングよりもずっと知名度は低かったが、キングよりも広範囲にわたって、現在のアメリカの政界にも影響を及ぼしている人物がいる。
ソウル・アリンスキーである。
1971年、アリンスキーは、亡くなる直前に、後世の遺産となる『過激派のルール』と題した書籍を出版した。
これは、コミュニティを組織する者に向けた10章から成る手引書であり、アリンスキーの30年にわたるコミュニティ組織作りの手法(≒ボトムアップで少し ずつ世界を変える方法)の詳細を凝縮したものである。
アリンスキーの素敵なところは、人々に、
「自分の運命は、自分で決める」
ように、後押しをしたところにある、と、私は、思う。
「自分の運命は自分で決める」ことが出来るようにするために必要な前提条件について、彼は、
「戦術がいくら独創的であっても、また、戦略がどれほど抜け目ないものであっても、人々の信頼と尊敬を勝ち取らなければ、戦いを始める前に負けが決まってしまう。
それらを勝ち取る唯一の方法は、あなた自身が人々を信頼し、尊敬することである」
と、明確で説得力のあるアドバイスをした。
コミュニティに力を与えるアリンスキーの取り組みは、暴力は用いなかったものの、極めて対決的な姿勢を取っていて、多くの点において、キングの取り組みとは正反対であった。
アリンスキーは、ロバーズ・ケーブ実験(→「赤」と「青」の争いにみることができる部族主義、8/6日の日記で取り上げています)にみられる集団意識によって、コミュニティを団結させ、メンバー間の類似点と、敵との大きな違いを強調したのである。
キングが、敵との共通点を見つけようとしたのに対し、アリンスキーは、共通の敵に対する敵意を通じて、コミュニティの団結力を強めるような争いを引き起こす方法を模索していた。
キングは、そのような挑発を認めず、争いを減らす方法を求めていたのに対して、アリンスキーは、敵を倒すことを目指していた。
キングは、敵と協力したいと思っていたが、アリンスキーはコミュニティの意識をひとつにするために悪者を必要とした。
キングは、悪者はいないとし、悪者(とされている人)たちは、一時的に間違った方向に導かれただけで、今後、友人になれるかもしれないと考えていた。
キングもアリンスキーも、広く周知された非暴力のデモを展開し、デモに対する暴力的な過剰反応を利用した。
しかし、キングの目的が、敵を恥じ入らせて、善良な仲間に引き込むことであったのに対し、アリンスキーの目的は、敵に屈辱を与えて降参させることであった。
......。
確かに、アリンスキーの『過激派のルール』は、キングの手法に比べると、冷酷に見える。
また、マキャベリの説に似た雰囲気すらある。
しかし、アリンスキーのアドバイスは、決して君主でのためではなく、私たち一般市民のためになるように書かれたものなのである。
アリンスキーのアドバイスは、
「1.あなたは、実際に持っている力だけではなく、敵が想定するだけの力を持っている。
2.人々の力は、金の力と戦える。
3.あなたの得意分野で闘いなさい、敵の得意分野で敵を戦わせてはいけない。
4.嘲りによっても、敵を小さくすることが出来る。
5.楽しんで実行出来る戦術ならば、皆が従い、うまくいく可能性が高い。
6.敵に圧力をかけ続けなさい。
7.敵より一歩先を行きなさい。(→敵は防御の方法を考え、戦略を変えてきます。)
8.敵の暴力によって、あなたには友人ができる。
9.ターゲットを選び、孤立させて戦いを挑みなさい。
10.人は組織より、早く倒れる。」
というようにまとめることができる。
アリンスキーは、このように、「力のない者が、力を持つ者の略奪から身を守れるようにするという正義」に人生を捧げたのである。
しかし、アメリカにおいて力を持つものが、力のない者に対する支配をさらに強めるために、アリンスキーの手法を採用してきたことは、実に悲しい皮肉である。
キングによる非暴力のポピュリズムは、道徳性を最重要視することを基本としていたのに対して、アリンスキーの手法は、実践的で、戦術的であり、効果的である。
それは、どんな闘争でも、両陣営が等しく使える手法であった。
味方にとって頼りになる武器は、敵が手に取っても有力となる。
......。
キングもアリンスキーも、モーセのように、遠くから、約束の地を見ることは出来たが、そこに辿り着くことは出来なかった。
そして、ふたりは、多くの小さな闘争には勝ったが、大きな戦いでは勝てなかった。
ふたりに共通の悲劇は、アメリカの様相を一変させ、のちに蔓延る偽物のポピュリズムの支配を防ぐことの出来る幅広い連合を打ち立てることが出来なかったという事実である。
しかし、弱者を守り、最前線で汗を流し、個人的・政治的危機に恐れることなく立ち向かったふたりの姿と、ふたりの状況を多角的に捉え、短期的戦術と長期的戦略を考える手法に、今、私たちは、学び直すことが多いのでは、ないだろうか。
ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。