前から暇が出来たらやってみたいと思っていた”東海道あるき旅”。
思い切って始める事にしました……でもでも、本当に歩き通せるの??
不安と心配は尽きないのですが、とにかく実行してみる事にしました
どこまで行けるのかわかりませんが「出発進行」です。
まず最初に東京駅の八重洲北口の先にある北町奉行所跡を見ました。
高いビルの谷間に、昔このあたりに奉行所があったという記述がありました。
日本橋に行く手前で一石橋を渡りました。
周りは高いビルと高速道路に囲まれている普通の橋なのですが、昔は景色が良く江戸の名所のひとつだったそうです
また、この辺りは、江戸~明治にかけてはかなりの繁華街で迷子が多く、当時迷子は地元が責任を持って保護するという決まりがあり
地元の人々によって”迷い子のしるべ”が建てられたそうです。昔も今も親の苦労は変わらないんですね~
日本橋、東海道五十三次の起点にやって来ました。
今では高速道路に覆われてあまり景色は良くないのですが、”昔はどんなだったのかなー”などと思いを巡らせてしまいました。
橋の袂には、日本橋魚市場発祥之地の石碑があり、当時の活気に溢れた街の様子が偲ばれます。
また、橋の親柱に取り付けられている擬宝珠は、石で出来ていますが、
以前の物は、すぐ近くの江戸時代から続く漆器店「黒江屋」のショーウインドーに飾られていました。
途中、歌川広重住居跡、江戸歌舞伎発祥の地、青物市場跡なども見学しました。
京橋
銀座 銀座の柳
京橋をぬけ銀座にやってきました。お昼時だったので街には大勢の人がいました。
さすが銀座です。お洒落な素敵な人々でいっぱいでした。 中国人観光客を沢山見かけたのにはビックリしてしまいました
お昼ご飯は"Sun-mi 高松"で和食膳を食べました
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JR新橋駅の近くで旧新橋停車場跡を見学しました。
鉄道歴史展示室も併設されているようでしたが本日はパス。
汽笛一声新橋を…… 思わず鉄道唱歌を口ずさんでしまいました。
芝大神宮
昔は広々としていたのでしょうが、今は高いビルに囲まれてちょっと窮屈そうな感じです。
ここは歌舞伎「め組の喧嘩」でも有名だそうです。
生姜も有名で、生姜湯や生姜飴、生生姜なども売られていました。
貯金塚 ”根気根気 何事も根気”
増上寺にやって来ました
何時みても立派なお寺です。さすが徳川家の菩提寺だけのことはありますね~
JR田町駅の近くの街道沿いに、江戸城を無血開場させるための会見をした所だという石碑がありました。
薩摩藩の江戸藩邸だったところらしいです。この辺りに、昔は大きなお屋敷があったというのが信じられない程の変わりようです。
札の辻…… きれいな分かれ道になっていますね。
高輪大木戸跡
東海道から江戸への入り口として、また南の出入り口として設けられた大木戸の跡です。
幅約20メートルの土塁の間に大木戸を設けて、明け方六ツに開き、暮れ六ツに閉じ、
治安の維持と交通規制の役割をはたしたそうです。
旅人の送迎もここで行われ、当時は水杯を交わし道中の無事・安全を祈ったのでしょう。
本当に当時の旅は命がけだったんでしょうね~。
付近には茶屋などもあって、海岸の景色もよく月見の名所だったそうです。
泉岳寺
赤穂浪士のお墓があることで有名なので、名前は知っていたのですが初めて訪れました。
境内には、浅野内匠頭の像もあり、付近のお店にも赤穂浪士グッズが並べられていました。
お墓の前ではお線香が売られていて、お参りに訪れた人々によって手向けられたお線香の香がほんのりとしていました。
最後に訪れたのは東禅寺です。
幕末に、日本初のイギリス公使館がおかれた所だそうです。
開門時間を過ぎていたので中に入ることは出来ませんでしたが、
門の前に建てられていた”イギリス公使館跡”の石柱はしっかりと見て来ました。
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「歩く事は健康によい」というのが主な理由で、あるき旅をしようと思ったのですが、街中に残っている歴史の足跡を知るにつれ、
昔の事(歴史)への興味もかき立てられてきました。
今迄、何気なく歩いていた道も「昔の人はどんな事を思って生きていたのだろう」などと考えるとワクワクしてきます。
この先の旅も楽しみになってきました。