山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【4月22日】女性のライフプランニングについて

2010-04-15 11:18:50 | 講義資料
 以下は、「現代ビジネス」に山崎が寄稿した原稿です。現代ビジネス(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/451)を見ていただいてもいいのですが、原稿を貼り付けておきます。

 出産・育児をどの年齢に持ってくるのがいいかについては、いろいろな考慮要素があります。拙文では「機会費用」に注目していますが、その他にもいろいろな考慮要素があるので、考えてみて下さい。

 データについては、厚労省のホームページをご参照下さい。

 尚、通称「女性労働白書」の新版が出たことについては、阿部正浩教授にTwitterで教えていただきました。阿部教授に感謝します。

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●「働く女性白書」から考える女性のライフ・プランニング

<生活のために妻は外で働く>

 4月9日付で厚生労働省から「平成21年版 働く女性の実情」(女性労働白書)がリリースされた(要約はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/09a.pdf)。
 発表によると、女性の労働力人口(生産年齢外の就業者・失業者を含む)は過去最多の2771万人となった。しかし、女性の就業者数は前年に比べて18万人減少しており、逆に完全失業者数は27万人増加して133万人となったという。景気が後退して生活が苦しくなるのとともに、女性は働きに出ようとした。しかし、残念ながら職が得られなかった人が多いだけでなく、職を失った人が相当数いたという厳しい状況だった。
 生産年齢(15~64歳)の女性の労働力率は62.9%と、7年連続の上昇となり、過去最高を更新した。生産年齢では、三分の二近い女性が労働力化しており、今や、専業主婦ははっきりと少数派だ。全てがそうでないとしても、夫は外で働き、妻は専業主婦という伝統的分業が可能な家計は「恵まれている」。
 過去10年の変化を見ると、女性の労働力化率は、既婚者の「30~34歳」の階層での変化が大きい。この年代の未婚者の労働力化率は0.9%しか上昇していないが、有配偶者では9.0%も上昇しているという。10年前も今も、30代前半の未婚者の約9割は働いていて、大きな変化はなかったが、既婚者の労働力化率に関しては44.2%が53.2%に上昇した。今や、30代前半の妻達の半分強が外で働こうとしている。これに加えて、この年齢レンジの未婚率の上昇が「労働力率」の上昇の原因だ。
 もちろん、女性が働く動機は「生活のため」だけではないだろうが、近年の女性の労働力化率の上昇が主に有配偶者層で起きていることを見ると、生活日を補うために女性が働きに出るという動機が働いていることは明らかに思える。

<M字カーブをどう考えるか>

 女性の労働力化率を年齢階層別に見ると、「25~29歳」(77.2%)と「45~49歳」(75.3%)の二つの年齢階層にピークがあり、間に入る「35~39歳」が65.5%とかなり凹んでいる。「30~34歳」の層も67.2%と相対的に低い。
 この二瘤駱駝の背中のようなM字型のカーブは、働く女性が30歳代に出産で職場を離れる行動を反映している。
 高校・大学といった高等教育を終えて就職し、しばらく経つと、多くの女性が結婚相手を見つける。結婚しても、夫の収入だけでは不足ないし不満な場合もあるだろうし、せっかく得た職業キャリアを無にするのも勿体ないから、しばらく働き続ける。しかし、30歳台になるに及んで、子供を生むことが可能な期間がだんだん残り少なくなってくる。仕事は辞めたくないが、子供を生むために職場を離れて、出産・育児が一段落する40歳台には、生活費の補填の目的もあるだろうし、仕事を持っている方が張り合いがあるということもあるだろうから、女性は再び職場に戻ろうとする。
 しかし、多くの場合、出産・育児で離職した女性は元の職場に戻るわけではないし、まして、離職期間中に継続して働いていた場合に得られるポジションで再雇用されるわけではない。再び働く際の職場では、収入は高くないし、必ずしも満足できるやり甲斐のある仕事に就けるわけではない。
 職場での状況を、たとえばその女性が新卒で入社したときの同期の男性社員と比較してみた場合、男性社員は(全てがではないし、それなりの苦労はあるとしても)仕事のキャリアの連続性を維持するから人材価値が下がらないし、勤続年数と共に収入も上がる場合が多いので、出産で離職する女性は経済的にかなり不利な条件を負っていると言える。
 また、女性の出産・育児離職は、本人にとってだけの問題ではない。会社の側、上司の側から見ても、30代の半ばに小さからぬ確率で離職する可能性の大きな女性社員は、教育的な投資を行う上でリスクが大きい。これは、たとえば、オンザ・ジョブ・トレーニングを考える上で、潜在能力が同じだと判断すれば、女性社員よりも男性社員に将来に繋がる経験をさせようと考える理由になる。
 一方、会社側の別の考慮要素としては、出産・育児を機に女性が離職するのであれば、女性の数を通じて人件費を調整しやすいという隠れたメリットがある。
 何れにしても、少なくとも出産というイベントが女性が働く上でのハンディキャップになっていることは確かであり、グラフに見る駱駝の瘤の谷間はその重荷を象徴している。

<「30代に出産」は合理的なライフプランか?>

 一方、会社員にとって30代という年代は、知力・体力・経験を総合的に考えて、概ね働く能力のピークの時期だ。
 30代前半は、出来ればこの時期に仕事の実績を挙げて転職市場で曲がり角を迎える35歳迄に人材価値を上げておきたいところだし、30代後半はキャリア・プランニングが成功しつつある場合には収入が上昇する職業人生の回収期だ。
 職種にもよるだろうが、この事情は女性でも大きく違わないと思う。違いは、出産(とその前の結婚)時期という外的要因から生じているだけだろう。
 筆者の考えを言うと、可能であれば、出産は20代のなるべく早い時期にプランニングする方がいいのではないだろうか。理由は五つある。
 第1の理由は、この年代の時間の機会費用が、仕事で脂の乗っている30代よりも大幅に安いことだ。産休中に犠牲にする収入を考えただけでも、出産を早める価値がある。10代、20代の若さに商品価値があるというタレントや女優、あるいはある種の水商売のような仕事でなければ、30代の方が離職期間の機会費用は大きいだろう。
 第2の理由は、この時期の仕事の経験は後からリカバー可能であることだ。若い頃の仕事は、そう難しいものではない。また、「若い」という属性を維持していれば、先輩社員に指導を求めることができるから、キャッチアップが容易だ。早い話が、大学を現役で出ていれば、出産・育児で2年ブランクを作ったとしても、2浪で就職した男子社員と同じ条件だ。
 第3の理由は、若い頃の方が出産・育児に耐えられる体力があることだ。30代後半以降の出産は無事ではあっても体力的に堪えると経験者は言う。2人目、3人目まで考えると、第一子の出産は早い方がいい。
 第4の理由としては、子供が早く(母親が40代で)仕上がると、その後の仕事や人生の楽しみに存分に打ち込めることを挙げたい。
 そして、第5の理由は、会社側にとっても、経験を積んだ30代の働き盛りの労働力を使えることが有利な場合が多いからだ。育児から手が離れて仕事に集中できる40代の女性の戦力も魅力的だ。会社の側でも、こうしたライフプランに協力するインセンティブが十分あるのではないだろうか。
 20代に出産、というライフ・プランニングの実現が難しい理由として考えられるのは、以下のような問題だろうか。
(1)早く結婚したくない(独身時代を長く楽しみたい!)。
(2)仕事上の確固たる地位を築いてから産休に入らないと不安だ(復職できる場合)。
(3)離職すると元の職場への復職は不可能なので、少しでも長く働きたいから、結婚・出産が遅くなる。
 (1)の問題については、最終的には個人の好みだから、絶対的な説得材料があるわけではない。ただ、子供の仕上がりが早いと、40代以降が早くから長く楽しみやすい、ということをお伝えしておこう。ちなみに、女性の平均初婚年齢は2006年に28.2歳だが、1980年には25.2歳、1970年には24.2歳だった。初婚年齢の高齢化がどのような理由で起こったのか、それは必然的なものなのかが、問題になる。
 (2)は、復職できることが保証されているなら、20代の時期の方が会社にとっても機会費用が小さい。同期で入社した男性社員との競争に負けたくないといった焦りは分からなくもないが、自分と会社の問題として合理的に考えると、出産・子育てが早い方が有利な場合が多いのではないだろうか。
 (3)は、制度的・社会的に解決すべき問題だ。出産を機に離職した場合に、復職できない、或いは、制度として産休を十分な期間取れないという職場(会社)には問題がある。業務経験の空白は報酬やポジションなどの処遇にそれなりに反映させてもいいが、復職できないような制度は基本的に許すべきでない。しかし、女性社員の産休・育休に伴う有形無形の経済的損失は会社にもあるはずなので、このコストに関して制度的な補助を考えてもいいかも知れない。たとえば「産休提供奨励金」といった名目で、産休中の社員のサラリーの一定割合を国が負担するといった制度だ(地方分権の考え方に従って、自治体に任せてもいいが)。
 何れにせよ、女性が、主に30代に出産・育児で離職するという形は、本人にとっても、会社、ひいては社会にとっても「もったいない」場合が多いように思われる。

  以上
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厚生労働省「働く女性の実情 平成21年版 要約」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/09a.pdf