試行錯誤は大切だ。しかし、そこから明確な答えを導き出せなければ、改善はできないし、誤った試行を続けていれば、状況は悪化する。
最近は、多くの企業が高齢化という問題を抱えている。
若手の人材が少ないため、ベテランや中堅がいつまでも現場の最前線で働かなければならないのだ。
それでも人材が足りないと、複数の作業を兼務することを試す場合がある。
今、管理職であっても、非管理職であっても、複数の作業を兼務して、人材不足を穴埋めしようという傾向が盛んだ。いかにしてマルチタスクをこなしていくか、が議論されることも多い。
しかし、人の体と脳は、1つしかないので、マルチタスクを正確にこなすことはできない。
特に非管理職の場合は、複数の作業を兼務してしまうと、必ず並行して大量の作業をこなさなければならない時期が訪れる。
上手くスケジューリングして重ならないようにしてあっても、すべてが計画どおりに行くことはないため、必ず作業が重複する。
そうなると、こなしきれない作業が出てきたり、片方の作業の精度が著しく落ちたりする。最悪の場合は、両方の作業の精度が著しく落ちてしまう状況に陥るのである。
有能な人材が複数の作業を兼務してこなすことは、一見すると効率的に見えるかもしれないが、実際は効率的ではない。
本当に効率が上がるのは、1人ができうる限り1つの作業の大部分をこなす効率化を図ることである。そうすることによって、責任感が生まれ、作業を効率的に行おうとする妙案が生まれることも多い。
そもそも、複数の作業を兼務できる有能な人材というのが幻想である。たいていは、1つの作業すら満足にこなせない人材なのだから。
こう書くと、管理職は、実作業がほとんどなく、管理や監視が主であるから、複数の作業をこなせるのではないかという意見があるだろう。
しかし、それは、こなせているように見えるだけで、実際はこなせていない。管理職は、存在していても、存在していなくても、非管理職が正確に作業を行っていれば、問題が表面化することがないだけである。
兼務する両方で問題が起きれば、推敲や協議、対策で時間を割かねばならないのに、片方すら満足に対応できないという事態に陥るのだ。
日本の企業では、兼務やマルチタスクを正当化することによって、責任の所在もあいまいにしている節がある。
しかし、それが組織にとってはデメリットの方が圧倒的に大きいことを様々な経験から実感する。
最近、マルチタスクを「携帯をいじりながら運転しているようなもの」と指摘する記事があった。極めてしっくりくる例えである。