中身を見ずに借りてしまったのですが、今までにも何冊か読んだ本の抜粋で、記憶に残っている文章が多く、改めて復習のようでした(笑)。
歯切れの良い文章で、思わず笑ってしまう個所も数多くあります。一方身につまされるところや胸がすくところもあり、これだけ言いたいことをズバッと書ける度胸が天晴れと、若輩ながら思います。そう、佐藤愛子さんのお年からいえば間違いなく私はまだ若輩^^;
大正12年生まれだそうですから義母と同じ年齢。いろいろと体調のすぐれないこともおありと思いますが、今なおご活躍ですから素晴らしいです。
思うに、抗わず、自然体で生活できたら嬉しいですが、人間一人に非ず、人間ですから煩悩が邪魔をするわけでして、とかく生きるというのは何かと面倒で難しいものです。
無理な妥協をせず、努力もやめ、好きなように生きていけたら気楽でしょうけど、それもなかなか難しい。
この年になりますと(若くもなく、といって年寄という程でもなく)、何かしてあげて当たり前と思われ、何かしてもらおうなんて思うのが甘いと思い知ります。
人は迷いながら生きているというのが普通ではないでしょうか。
気配り忘れずにと思いますが、気配りできない人との気配りもまた必要な世の中なのですね^^;
子供社会についても考えさせられますが、最早傍観者^^; 世のじいちゃん、ばぁちゃんの存在も少しは肥やしになってくれれば嬉しいですが、ただただ皆健やかに育ってほしいです。
『九十歳。何がめでたい』を図書館に予約中ですが、今なお数年先になりそうな人気でいつ読めるものやらですが、おそらく痛快なんだろうなと楽しみにしています。
※佐藤愛子 1923年(大正12年、亥年)生まれ
2016年発行
歯切れの良い文章で、思わず笑ってしまう個所も数多くあります。一方身につまされるところや胸がすくところもあり、これだけ言いたいことをズバッと書ける度胸が天晴れと、若輩ながら思います。そう、佐藤愛子さんのお年からいえば間違いなく私はまだ若輩^^;
大正12年生まれだそうですから義母と同じ年齢。いろいろと体調のすぐれないこともおありと思いますが、今なおご活躍ですから素晴らしいです。
思うに、抗わず、自然体で生活できたら嬉しいですが、人間一人に非ず、人間ですから煩悩が邪魔をするわけでして、とかく生きるというのは何かと面倒で難しいものです。
無理な妥協をせず、努力もやめ、好きなように生きていけたら気楽でしょうけど、それもなかなか難しい。
この年になりますと(若くもなく、といって年寄という程でもなく)、何かしてあげて当たり前と思われ、何かしてもらおうなんて思うのが甘いと思い知ります。
人は迷いながら生きているというのが普通ではないでしょうか。
気配り忘れずにと思いますが、気配りできない人との気配りもまた必要な世の中なのですね^^;
子供社会についても考えさせられますが、最早傍観者^^; 世のじいちゃん、ばぁちゃんの存在も少しは肥やしになってくれれば嬉しいですが、ただただ皆健やかに育ってほしいです。
『九十歳。何がめでたい』を図書館に予約中ですが、今なお数年先になりそうな人気でいつ読めるものやらですが、おそらく痛快なんだろうなと楽しみにしています。
※佐藤愛子 1923年(大正12年、亥年)生まれ
2016年発行
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