写進化・ヲアニーの徒然日記

秀峰大山を中心に山陰地方の風景等を掲載。
(※古い記事の画像は、削除しているのもあります。)

[安来市伯太町]比婆山久米神社

2013年11月27日 | 山陰の名所旧跡・観光地・風物

今年はなかなか紅葉撮りは気が乗らなかったのですが、再び日南町に用事があり、回り道して紅葉撮りをしてきました。
(11月は記事の引っ張りでネタが多く、掲載が遅くなりました(笑))

最初に、安来の清水寺と雲樹寺に行ってみたのですが、まだ葉が色づいていませんでした。
というわけで、主要地方道安来伯太日南線を通って日南町へ向かったのでした。

安来市役所伯太庁舎を過ぎて、伯太川を左右に見ながら10キロほど南下していくと、右側にイチョウの鮮やかな黄色が目についてきました。
2年前の新緑の時期にもこの道を通って日南町へ出ましたが、季節が違うと目につくものも違うようで(笑)
道端に駐車場があり、幟旗が立っています。ちょっと興味をそそられ車を止めてみました。






安来市伯太町横屋にある比婆山久米神社です。
2012年は「古事記」が編纂されて1300年で、今年は60年ぶりに出雲大社の大遷宮が行われました。
県内の神社も、「神々の国しまね」としてPRしているようです。




伯太川に架かる、欄干に書かれた「宮乃前橋」を渡っていきます。 




鳥居が見えてきました。







比婆山(ひばやま)は、「古事記」に記載された国生みの神・伊邪那美命(いざなみのみこと)が、出雲の国と伯伎の国(伯耆の国)の堺の比婆山に葬られたと記されています。

以前、私がUPした鳥取県南部町の母塚山(はつかさん)が、伊邪那美命が葬られたところと書いていますが、この看板によればこの地が御陵のようですね~。
まあ、どちらにしろロマンがあっていいか(笑)










ここは久米神社下の宮と言って、拝殿、本殿とも簡素な神社ですね。
安産の神様として多くの参拝者が訪れているそうです。




標高320mの山頂付近には久米神社奥宮があるそうです。今回は、登るのは割愛しました(笑)







15分ほど散策して、久米神社を後にしました。
まだ日南町への用事には時間がある(笑)
続く・・・


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6 コメント

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Unknown (いつか見た風景)
2013-11-27 22:08:52
へぇ、比婆山には伊邪那美命が葬られたところがあるのですね
私は比婆山には行った事がないので参考になりました

最後の写真はおもしろいですね^^
いつか見た風景さんへ (ヲアニー)
2013-11-27 22:44:22
引き続きコメントありがとうございます(^^)
伊邪那美命は、古事記によれば出雲国と伯伎国の境の比婆山に葬られたと記されているそうですが、
鳥取県南部町の母塚山だとも言われているそうです。
最後の写真は、蜘蛛の糸にイチョウの葉が宙吊りになってました(笑)
Unknown (ボンジュール)
2013-11-28 05:08:06
蜘蛛の糸ですか、最初何がどうなっているのか、どんなテクニックを使われたのか、全く分かりませんでした。(笑)
家の周りのイチョウも落ち葉がほぼなくなりました。一部銀杏も落ちてきてますが、オランダ人は食べません。拾って食べようかと思いますが、何であんな臭いものを拾っているのか不審の目で見られるのは確実です。(笑)
ボンジュールさんへ (ヲアニー)
2013-11-28 15:48:03
こんにちは(^^)

>蜘蛛の糸ですか、最初何がどうなっているのか、どんなテクニックを使われたのか、全く分かりませんでした。(笑)
だまっちょきゃよかったナ(笑)
(黙っていればよかったですね(笑))
銀杏も今は食べんやになったナ。茶碗蒸ししか食べんワ。
(銀杏も今は食べなくなりましたね。茶碗蒸ししか食べないですね。)
寺にがいなイチョウの木があって、拾って帰って煎って食べたりしたもんだぁもん、
(寺に大きなイチョウの木があって、拾って帰って煎って食べたりしたものですが、)
その木も老木になって、檀家で頼んで業者に切ってまったら、四国の業者が持っていきなったじぇ。
(その木も老木になって、檀家で頼んで業者に切ってもらったら、四国の業者が持っていきましたよ。)
寿司屋のカウンターらちに使え~しこなワ。
(寿司屋のカウンターなどに使えるらしいですよ。)
修理固成 (出雲街道ツーリングX)
2020-10-24 18:31:46

やはり古事記神話の謎は天皇礼賛だけではないいびつな構造をしているある種の正直さが心惹かれるのでしょう。
古事記神話の構造をザックリいうと高天原の2度の地上への介入がその構造の中心となっている。1度目はイザナギとイザナミがオノゴロ島を作り、国生み神生みを行い、次にイザナミのあとを継ぎスサノオが
根之堅洲国で帝王となる。第二の高天原の介入はアマテラスによる九州への天皇の始祖の派遣とそれに続く天皇を擁する日本の話でこれは今も続いている。
これらの2度の高天原の介入に挟まれた形で出雲神話がある。天皇の権威を高めるのに出雲があまり役に立たないのに古事記で大きく取り上げられている。その神話の構造の歪さに我々は心を惹かれる。
たとえば天皇も大国主も大刀(レガリア)の出どころはスサノオでありその権威の根源を知りたくなってしまう。そうなると島根県安来市あたりの観光をしてしまいたくなる。
出雲街道ツーリングXさんへ (ヲアニー)
2020-10-24 23:28:55
初めまして、こんばんは(^^)
古い記事にコメントありがとうございます。
本文に書いてあるとおり、鳥取県南部町の母塚山にも伊邪那美命が葬られたという言い伝えがあるようです。
母塚山の山頂からの大山は、何とも言いようのないすばらしい景色ですが、こちらの方にもぜひ観光にお越しください。

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