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思いつくままに

ゆく河の流れの淀みに浮かぶ「うたかた」としての生命体、
その1つに映り込んだ世界の断片を思いつくままに書きたい。

東電元幹部無罪!

2025-03-26 16:30:46 | 随想

 福島原発の事故から14年が経ちました。今も福島県には人が住めない地域が残り、約2万人が県外へ避難しています。また、原子炉では燃料棒が溶け落ちて880トンもの高レベルの放射能を持つデプリが底を抜けて溜まっています。14年経ってもわずか0.7ミリグラムしか取り出せていません。広島への原爆投下で爆発したウランはわずか800グラムですから、880トンという量がどれほど多量なものかがわかると思います。110万倍です。

 2012年6月、福島県民らが東電元幹部らを告訴・告発しました。それに対し、今年(2025年)の3月5日に最高裁の判決が出ました。一審、二審の判決(無罪)を支持し、上告棄却として無罪が確定しました。

 当初、この事件について東京地検はなんと不起訴としました。被害者から見れば不当極まりない判断であり、当然のこととして検察審査会にかけられ、「起訴すべきだ」との議決が出ました。そこで検察官役の指定弁護士が2016年2月、業務上過失致死傷罪で強制起訴し、裁判にかけられました。およそ9年かかった裁判の結果がこれです。最初の告訴・告発から数えれば13年です。震災前の2008年に、東電内部では政府が2002年に公表した地震予測「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」という報告書(以下、地震予測「長期評価」)を根拠として、最大15.7メートルの津波が来ると試算していました。しかし、東電はその対策をしませんでした。最大15.7メートルの津波への対策をしていれば今回の事故は起きませんでした。ですから、津波対策をしなかった東電の責任が重大であることは誰にでもわかります。

 しかし、裁判所は「巨大津波は予見できなかった」として津波対策をしなかった当時の東電幹部の責任を認めず、無罪としたのです。「予見できなかった」とする理由はつぎの通りです。

 東電が最大15.7メートルの津波が来ると試算したときに根拠にした政府の地震予測「長期評価」は「一般に受け入れられるような積極的な裏付けが示されていたわけではなく、防災対策にかかわる地方公共団体なども全面的には取り入れていなかった」としてまずその信頼性を否定し、だから「10メートルを超える津波が襲来する現実的な可能性を認識させる情報だったとまでは認められない」としたのです。たとえ東電が最大15.7メートルの津波がくると試算しても、それは単なる計算上のことであり、現実にそんな津波が来ると認識しなくてもよいということです。つまり、信頼性のない情報をもとにした試算なのだから、それをもとに防災対策をしなくてもよいということにしたのです。

 裁判所が政府の地震予測「長期評価」を「信頼性のない情報」だと断定したことの根拠は何なのでしょう。どうすれば政府は「信頼性のある情報」を提供できたのでしょう。それについては何も言っていません。そもそも、その地震予測「長期評価」はいったい誰が作成したのでしょうか。政治家や官僚が考えて作成したものでないことは間違いないでしょう。そんな彼らが「信頼性のある情報」など出せるはずがないからです。したがって、地震予測「長期評価」は、その分野の専門家が、過去の地震の例や地震が起きるメカニズムなどを調べ、相当の時間をかけて出した結論のはずです。もしそうでないとすれば、政府の責任が問われます。国や各自治体の地震に対する防災対策はその予測を根拠として実施されるのですから。政府がいい加減な情報を公表するのは混乱を招く原因となるのでやってはならないことです。ですから、政府は「信頼性のない情報」を公表したなどと考えているはずがありません。しかし、裁判所は政府が「信頼性のない情報」を公表したと言っているのです。

 日本は、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートがぶつかり合う位置にあり、また、活断層(過去に繰り返し活動し、将来も活動すると考えられる断層)も2,000箇所以上が見つかっている地震の多発国です。大きな地震が発生すれば東日本大震災のように甚大な人的、物的被害がもたらされます。したがって、最大限の努力をして少しでも精度の高い予測を立てる必要があります。実際にそうしているはずです。なにしろ、原子力発電所は万が一炉心融解などの事故が起きれば広大な地域を汚染し、人を住めなくしてしまいます。(今回、その通りになってしまいました)そのような非常に危険な施設を抱えている東電が、震災前の2008年に政府の地震予測「長期評価」をもとに「最大15.7メートルの津波が来る」と試算したのは地震対策をするためであったはずです。何の目的もなく気まぐれに試算するはずがありません。しかし、試算しておきながら対策をしなかったのです。その結果、今回の事故が起きてしまったのです。それにもかかわらず、東電において対策を指示する立場にありながらそれをしなかった被告たちにどうして責任がないと言えるのでしょう。どうして「無罪」なのでしょう。

 さらに裁判所は言います。

「事故を防ぐには東日本大震災の直前の2011年3月初旬までに原発の運転を止めるしかなかった」
「停止による影響の大きさも考えれば、停止の判断には、10メートル超の津波が原発を襲う可能性を予測できる必要があった」

 本当に「原発の運転を止めるしかなかった」のでしょうか。福島原発の1号機は、GEなどのアメリカ企業が工事をし、技術的課題はアメリカに丸投げでした。そのアメリカでは日本と異なり、竜巻やハリケーンが脅威であり、それに備えて非常用発電機を地下に置くという設計でした。ところが、福島はその条件が異なるにもかかわらず、アメリカ向けの設計をそのまま採用し、もともとの海岸段丘をわざわざ掘削して立地のレベルを下げ、その地下に非常用電源を設置したのです。そのため、福島原発では、少なくとも1983年と1991年の2回、大雨や配管からの水漏れでタービン建屋地下の非常用ディーゼル発電機が水没する事故が起きていました。その水没事故を教訓として、掘削していない海岸段丘の上に非常用電源を移していれば大事故は防げた可能性が高いのです。非常用ですから普段は使っていないはずなので、原発の運転を停止しなくてもできるはずです。先の水没事故のときに運転を停止したという話は聞いていません。しかし、東電は対策しませんでした。カネがかかるからでしょう。そして、福島原発1~6号機の非常用発電機計13台のうち、主要10台が地下1階に集中し、津波の直撃を受けました。それを免れたのは、地下ではなく1階にあった1台だけでした。そして、原子炉を冷却するための電源が失われ、運転中だった1~3号機がメルトダウンを起こし、大事故となりました。

 また、どうして原発の運転を止めてはならないのでしょうか。「停止による影響の大きさも考えれば」と述べていることを考えると、仮に停止をすれば東電には相応の損害が出るでしょう。その損害を回避するために原子炉の運転を停止して対策することをしなかった経営者の気持ちを忖度しているのだと思わざるを得ません。今回の裁判は原発事故後の長期避難で双葉病院(福島県大熊町)の患者ら44人を死亡させたという理由による業務上過失致死傷罪での強制起訴でした。つまり、裁判所は人の命より東電の経営者の気持ちを優先させたことになるのです。「いつかは15.7メートルの津波が来るかもしれない、しかし、いつ来るかわからない津波のためにいまカネを出したくない」という気持ちです。そうではなく、「正確にはわからないけど、15.7メートルの津波がいつかは来るかもしれない、それは明日かもしれない、だからたとえ原発を止めることになるとしても一刻も早く対策しなければ」という発想はなかったようです。「いまだけカネだけ」という精神ですね。

 電力は重要なインフラであり、停止すれば電力不足に陥って、住民の生活に大きな影響が出ると言いたいのでしょうか。震災の後、日本中のすべての原発が停止されました。また、震災前に動いていた54基の原発のうち、運転が再開されたのは現段階でも13基です。しかし、震災直後の計画停電も含めてその後も大きな混乱は起きていません。つまり、福島原発の数基を止めても住民の生活には大きな影響など出なかったのです。「停止による影響の大きさ」というのは、そのとき東電が受ける損害の大きさのことでしかありません。その損害に対して、実際に事故が起きて出た人の命を含めた損害はまったく比較にならないほど大きいのです。その処理のためにこれからどれだけの時間と費用が掛かるのか予測もできないのが現状です。その費用は国民の税金から支払われ続けます。ところが、東電という会社は生き残り、その後も私的利益を上げ続けているのです。電力の供給は今後も必要であるとしても、少なくとも、東電の経営陣は総退陣し、当分は国営などにすべきでしょう。

 「停止の判断には、10メートル超の津波が原発を襲う可能性を予測できる必要があった」と言うけれど、「10メートル超の津波が原発を襲う可能性」を政府は地震予測「長期評価」で、東電もそれを根拠にした試算で予測していましたよね。先にも示したように、裁判所は、それらの予測は「信頼性がない」から無効だという意味のことを述べています。では、裁判所はどうすれば信頼性のある予測ができると考えているのでしょう。たぶん何も考えていないと思います。今の段階の科学では、地震予測に関して、この裁判官たちが信頼性ありと認めるような予測は不可能でしょう。何らかの判断をするとき、そんな不可能なことを条件にすれば、その判断ができないのは当り前です。裁判官たちが言うレベルの信頼性を求めるのは不可能だとしても、原発を54基(政府はさらに増やそうとしています)も抱え、地震多発国でもあり、マグニチュード9クラスの巨大地震も予測されているこの国であれば、その地震、津波に備えて、できる限りの対策をするのは当然のことです。普通に常識を持っている人であれば誰にもわかることです。それでも、対策をしなかったことについて、その責任が最も大きいはずの人たちが無罪なのです。

 最近のことでは、東京地検特捜部が自民党の裏金/脱税議員65人を一斉に不起訴としたこと、兵庫県ではデマと誹謗中傷で人が死んでいるのに検察、警察は傍観しているだけで何もしないことなども合わせて考えると、この国の司法はいったい誰のためにあるのか疑わざるを得ません。



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