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ワカキコースケのブログ(仮)

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今さらですが、2013年国内ドキュメンタリー番組・私選(1)

2014-05-20 08:05:20 | 日記


現在やや参加が中だるみしてしまっているのだが、いちおうワタクシも、ドキュメンタリー専門媒体neoneoの編集メンバーでありまして。http://webneo.org/

去年は6月に「今さらですが、2012年国内ドキュメンタリー映画ベストテン」を上げた。http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968/e/6c7639e2b7252950530778ff7a6b8891

今年はもう少し早めに。


といって、映画は……10本選べない。実は2013年公開作品は、選べるほど見ていないのだ。しかも自分が見ていて主だったもの、『標的の村』『選挙2』『祭の馬』などはすでにこのブログなどに書いている。
なので今年は、去年は書けなかった番組について。といって、膨大な本数のなかで自分の見た範囲なんて限られるので、ベストではなく、何かしら引っかかったものを書き出しておくかたちになります。

neoneoに参加してまず、テレビのほうのドキュメンタリーの記事、番組評を定期的にあげられるようにしたいと張り切ったのだが、これに関しては、ほぼ挫折してしまっている。
放送前のパブでないと画像を提供してもらえないなどの物理的な難しさがまずあり。それに、映画の書き手はたくさんいるのに番組評になると、ことごとく寄稿を断られた。映画評ならば、文学批評の作家論から派生した監督論のフォーマットでまとめやすいが、テレビはそうはいきにくい。そこを踏まえて対応できる書き手が……想像以上に見つからなかった。
オレは書ける、ワタシは書きたい、という方、名乗り出てくれると本当にありがたいです。

以下には、番組評をそんなに難しく考える必要はなくて、まずはこんな程度の文章を書いてもらえれば充分なんです、というサンプル提示の意味もある。


〈1〉NHK 1月1日 ドキュメント鳥取発『山の小さな若女将』

ベストテンにしないと言いつつ、これはベスト級。元旦から実に気分いいものを見た。
両親が旅館を経営している家の、10歳の女の子が、はじめて仕事をてつだう〈がんばり・成長〉ジャンル。しかし美人のお母さんがパリッとした、かなり意識の高いひとで「一所懸命やることを子どものうちに覚えてもらいたいだけ。大人になった時に旅館の仕事はやってもいいし、やらなくてもいい」とカメラに先手を打つ。スタッフに「未来の女将さん、ガンバレ!」といったナレーションをつける、〈心やさしい予断〉をあらかじめ許さないし、スタッフもそれを歓迎している。両者の意識共有が、よくあるタイプの小さな番組(25分)を、よくあるタイプのまま強くしている。

団体客が入れば夕方の厨房はけっこうな戦場で、女の子はこのケースはどこに片付けたらいいの……と、モタモタしてしまう。出来たお母さんはどう言うか。「自分で見て考えなさい!」 ワカンナイ、となんでも聞いてくるようならかえってジャマになる、と突き放すのだった。
女の子は、家のお手伝いゼンゼンたのしくない、話が違う! と翌日はサボタージュ。お母さんは、好きにしなさいと放っておく。女の子、居間にころがってアニメを見る。でも、奥からは両親やお手伝いの人のバタバタした物音が聞こえてくる。心の耳を塞ぎ、それにしてもアニメはおもしろいな~と、テレビに夢中って顔をがんばってする。でも、厨房の大変さをいちどは見てしまった。猫の手も借りたそうなお母さんやお父さんの姿が目に浮かぶ。のけものにされてるような、置いていかれてるような。だけどもうやりたくないって言ったのはワタシであって……そんな葛藤が内面に巻き起こっているようすがピーク。

こんな描写を見てつくづく素晴らしいと感じ、清潔な気分になる僕の感覚のベースは、要は、白樺派なんだなあと思う。


〈2〉Eテレ 1月9日 『日本人は何を考えてきたのか』第9回「大本教 民衆は何を求めたのか」

同シリーズの「昭和維新の指導者たち~北一輝と大川周明~」ともども、メモをとりながら見たらノート数ページがぎっしり埋まり、ほとんど放送大学状態だった。教養番組だからドキュメンタリーではない、のかもしれないが。
新興宗教のために親族が疎遠になるイヤな経験が身体に残っているせいか、巨大化して戦前に大弾圧を受けたことで知られる教団、大本(おおもと)は昔から気になっていた。モデルにしている高橋和巳の『邪宗門』は読んだものの、あくまでモデルに過ぎないようだと感じた。この番組で、ずいぶん基本を知れた。
もとは、明治時代に神が憑いた農婦・出口なおの周囲の素朴なあつまりだったものを組織化・システム化した出口王仁三郎には、デモクラシーの思想背景があった点について、中島岳志ら識者が番組中盤、スタジオで考えを述べる。以下のメモはその一部。

出口王仁三郎はいわゆる「煩悶青年」(“明治大正期のニート”みたいな解説をよくされる)の一人だった。明治からの神道思想を学びつつ、(ロシア革命に影響された)大正デモクラシーの新思潮を浴びる。この矛盾に引き裂かれながら「自分はどう生きるべきか」と「社会をよくするにはどうすればよいか」を合致させようとすると、必然的に宗教からヒントを求めることになる。(「超国家主義」もここから来ているか?と思うのだが、これはまた別の勉強に……)


〈3〉NHK 1月13日 NHKスペシャル『世界初撮影!深海の超巨大イカ』

近年、楽しいワクワク感でこれほどお茶の間のヴィヴィッドな話題になったドキュメンタリーは珍しい。黄金に光る、エロティックなほどに妖しい、泳ぐダイオウイカ。
これをneoneoで記事にできなかった(前記の通り、なかなか書いてもらえなかった)ふがいなさと、「作家の映画」以外は視野に入らず、自分の視野に入らないものは軽く見るドキュメンタリー専門家さんってどうなの(言い方キツくてすみませんね)……とガッカリしたことがダイオウイカとセットになって甦ってしまい、それはあんまり楽しくない。


〈4〉NHK BS1 1月14日 ドキュメンタリーWAVE『映像記録 市民が見つめたシリアの1年』

ジャスミン革命(チュニジア)の波及で2011年から始まった反アサド、反政府デモに軍が介入、鎮圧のために発砲。反政府側も銃をとり、騒乱になっていく過程を逐一市民が撮影。そのビデオを入手して作られたレポート。
こんなに死体がたくさん写る番組を、初めて見たのではないかと思う。見ている間だけでマヒしかけた。空爆のさなかもカメラは回されていて(というか、撮影者もカメラをONにしたままパニックになっていて)なんて言っていいのか分からなかった。今でも分からない。


〈5〉NHK BS1 1月19日 ドキュメンタリーWAVE『毛沢東の遺産~激論・二極化する中国~』

骨太い作りで、ものすごく面白かった。格差への不満からマオ思想に戻るシニア世代がいる。さらに若い、毛沢東を知らない世代までも。
たまの日雇いの仕事しかなく、友も恋人もいない兄ちゃんは近頃、マオ思想を知って集会の参加に張り合いが出ている。貧しさを恨み、暴力革命が正当化された時代に夢を見ている。この姿が日本の視聴者にどんな示唆を与えるかは説明の要なしでしょう。
もちろん歴史的責任はしっかり認識しよう、と問う人々もいるわけだが、両者の討論サロンを開く主催者がいるのに感心。ディスカッションは見事に平行線。でもリベラルも、生活不安からマオイズムにはまった人達も、現共産党上層部への不満だけは共通していることが分かってくる。

文化大革命の時に張り切って色々とエグいことをやった側のオジサンが出てきて、「私は悪くない!」と狂的な勢いで自己正当とルサンチマンをカメラに向かって延々まくしたてる。歴史を学ぶ喚起よりも「濃いキャラクターに衝撃」の消費狙いを優先させて当たった大ヒット作だから、安心して引き合いに出すが、『アクト・オブ・キリング』。あれの、その部分よりも、この文革オジサンが叫び続けるワンカット数分間のほうがどう考えても凄い。ディレクターは李忱。製作はNHK/アジアンコンプレックス。


〈6〉NHK 1月27日 NHKスペシャル『“世界最強”伝説ラスベガス世紀の一戦』

6階級を制覇したボクシング界の生きる伝説、フィリビンの英雄、マニー・パッキャオに密着したら、ストレートを浴びて前のめりに昏倒する、まさかのKO負けがクライマックスになってしまう。

このドキュメンタリーは、登場人物に劇画的な設定付けを、おそらく戦略的に行っている。ボブ・アラムを徹底的にビジネスライクなプロモーター(モハメド・アリの番頭から始め、最近は村田諒太といち早く契約)として強調し、パッキャオとトレーナーの「俺達は闘鶏。負けることは死と同じ」と二人三脚もつれあいながら自分達を追い込む姿を、やはり泥臭く強調する。昨今の、こうあるべきとされているドキュメンタリーの考え方とずいぶん違う。ボクシングのような陰影のはっきりした世界だから可能だったのだろう。

それゆえ、傷心で母国に帰っても温かい出迎えを受け、救われるパッキャオの姿(負けてやっといったん、闘鶏の呪縛から解放される)はそうとうに泣けてくるし(アリス「チャンピオン」の歌詞まんまなのですよ)、掌中の珠であったパッキャオにさっさと見切りをつけ、「アジアの時代は終わる。ヒスパニックで活きのいいのを探そう」とオフィスで国際電話をかけまくるアラムの姿が……ゾクッとするほど凄い。今まで見てきた、アラムをモデルにしたどの映画の悪辣プロモーターよりもアラムっぽい!と本人を目にしながら唸ってしまう、倒錯した感動がある。

ディレクターは葛城豪。スパーリングの瞬間をズバッとストップモーションにする時のセンスも含め、そうとう映画を知っている方だと見受けられる。


〈7〉NHK 2月3日 NHKスペシャル『沢木耕太郎推理ドキュメント運命の一枚“戦場”写真最大の謎に挑む』

有名な「崩れ落ちる兵士」はロバート・キャパではなく、すぐそばで恋人が撮ったもの。しかも撃たれたのではなく、滑って転ぶところ……と、アングルやネガのサイズなどを検討してほぼ確定していく、いささかショッキングな内容。

そこには、パートナー(これで貴方に仕事が来るようになれば私の名前なんか出なくたってかまわないのよ、と思っている女性)の献身があった。しかしこれで世に出るどころか、一躍時代の寵児になったキャパは大きな十字架を背負う。ノルマンディ上陸作戦の先頭に従軍したのは、それゆえの精神的自殺行為だったのではないか……となっていくところからは、ドキュメンタリーというより「文学」になっていくのだが。でも、かつて僕等を夢中にさせた沢木ロマンなもので。後半の方が好き。


〈8〉日本テレビ 2月4日 NNNドキュメント‘13『今伝えたいこと(仮)福島・女子高生の叫び』

neoneo2号(http://webneo.org/info)に寄稿してくださった、福島中央テレビ・村上雅信さんの演出作。全長版だとここらはもっと掘っているんだろうな……と思いながら、駆け足気味の展開を見る。これが、全国ネットに上がった時にはその枠にハマる短縮版を作らざるを得ないローカル局ドキュメンタリーを評価するむずかしさ。

福島に住んでいることは将来の結婚に影響するんじゃないかな……と語る子がいる。そんな不安を抱えている子が、現実にいる。ズーンとくる。……今、ちょっといい風なリベラルなことを数行書いたが、なにか薄っぺらいので、消した。だから原発は許せない!とそれはそう思うんだけど、短兵急な怒りによってモヤモヤを燃焼・消費しようとする心理に甘えてはいけない気がして。


〈9〉Eテレ 2月10日 ETV特集『“ノンポリのオタク”が世界を変える~怒れる批評家・宇野高寛~』

「若木さんも『リトル・ピープルの時代』ぐらいは読みなさいよ」と言われてから、気になっていたひとの密着もの。ははあ、こういう発言や活動が、最近の頭のいい人のロールモデルなのか……と視察する気持ちで見て面白かった。

ただ、存外、宇野氏や周囲の醸し出すものは、ニューアカ全盛期の頃と変わらんもんだなーと感じた。宇野氏について語る仲間の批評家の横に、こぎれいな女性が座っていて(自分がカメラの邪魔になるとは一切思わずどけないでいる。むしろ一緒にフレームに入り込めるのを喜んでいる)、彼が何か口にするたび、ウンウン、そうそう、とがんばって頷く。こういう気取りが自ずと軽薄な風景に見えてしまう残酷さが、申し訳ないけど、なんだかんだ言って80年代のインテリと一緒だなーと。ディレクターのテーマ(裏テーマも含めて)はそこには無く、どちらかというとそっち側の仲間になりたいようなので、あいにくなのだが。
おそらく宇野氏は、そこらへんの皮膚感覚も含めて苛立っているし、不安なのだろう。「(批評家は)馬鹿と思われたら終わる商売」と吐露してしまう。タイヘンなんだ……と同情した。ただ、そういう風に神経をとがらせている批評家の本を読むのは、ちょっとしんどいな、とは思った。僕はね。


さて、ここまで書いてまだ2月だよ。どうするの! ……続きます。宿題を片づけるつもりだったのに、かえって増やしてしまった。

 


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