田の字の家に暮らす

日々思うこと

トイレの夢

2024-01-07 | 
トイレと書いたけれど、便所とかお手洗いとか他の表現の方が良いかな〜と迷った。
これを書くべきかも迷ったが、夢を覚えている事も滅多にない事なので書いておく。

時々トイレの夢を見る。
ボットンで洗濯機のように洗濯物が沢山入っているトイレ。
公衆トイレを探し回る夢。
入りたいのに入れない夢。

今までいろんなトイレの夢をみた。

トイレはだんだん綺麗になって来ている。

そして今日のはピカピカのトイレだった。

何メートルか離れた所に、トイレが二つ。
戸を開けて中年の男性が座って掃除をしている。
水洗かボットンか分からないが和式のようだ。
戸は引き戸ではなく開戸。
楽しそうにせっせと磨いている。
ピカピカ光っている、と言うより輝いているのだ!

見たところ子供に掃除の仕方を教えている様にも思えた。
その子供は一回につき一人で、毎回か毎日か分からないが不特定の利用者だと感じた。


その場から私は道を歩き始めた。
カンとりぃに似た犬が一匹ついて来る。
小さな池の様な水溜りにパピヨンが2匹入っている。
私について来た犬もそこへ入っていったが、吠えられてすぐに出て来た。
りぃだと思っていたがパピヨンと同じ毛なので、カンかもしれない。

また私の足元にじゃれつきながら歩き続ける。


はっきり覚えているのはこのくらい。

曳屋 蔵店 シンクロニシティ

2023-10-30 | 今日思ったこと
シンクロニシティと言えるのかどうかは分からないけれど、私は昔から小さな偶然の一致を経験する。

今回もそうだ。

久しく(半世紀)位会っていない友人と連絡が取れた。
どこに住んでいるかと尋ねると、以前住んでいた所から少し離れた場所だと言う。
家は曳屋だから同じ家だけどねぇ〜との事。

先日、先生のお宅を訪問した。
玄関先で呼び出して、そのまま畑に行く予定でいたのだが、チョッと覗いた部屋が素敵だったので
「いいですか?」と図々しく部屋に入ってしまった😆

部屋の正面から少し離れたところに斜めの板張りの壁が有る。
「階段みたいですね」
「そうだよ。ここは蔵店であそこから2階に上るんですよ。上は生活の場。」

⁇?
「母屋を建てる時、それまで使っていた蔵店を壊すのが勿体無いから、引っ張ってきて母屋にくっつけたんですよ。」


「曳屋❓」
築100年くらいとの事。
我が家は築100年の移築。

今まで思ってもいなかったので気づかなかったのだった。
外に出て改めて見ると別の建物が勝手口のような小さな玄関で接続されていた!

それにしても素敵な内装だった!

蔵店という言葉を初めて知った。
よく分からないまま、その言葉を忘れないように記憶に留めた。

その晩、これまた数十年ぶりの友達と電話で話したら「蔵店」という単語が出てきた。

電話を切ってから、調べた。
わかった。
最近、色々な事が分かってきて楽しい。
私はあんまり知らなかったんだなぁ〜



シンクロニシティ?もう一つ。
ミミから突然電話が来た。
何事かと思ったら、私とおしゃべりする為にカケホにしたのだと言う。

「初めてネットで買い物したんだ。」

凄いね〜と相槌を打つ。
私も欲しい本が有って、ネットで買おうか街の本屋さんで買おうか迷ってることを話す。
すると「実は本を買ったの」と言う。

「え? でなんて本?」

私が迷っているのと同じ本だった‼️


毎日、こんな小さな偶然の一致が起こっている。

十三夜

2023-10-27 | 今日思ったこと
いつの間にか晩秋になっていた。

娘から「月がきれい」というラインがあって、今日が十三夜だと気がついたのだ。

しばらくぶりのブログ。

忙しかった訳ではないのだが、目の前の事に夢中で、その事のために生活していたのかもしれない。

ふとしたキッカケから7月22日に日拝を始めた。
とりあえず3ヶ月は続けてみようと…

私は三日坊主なので、まさか本当に続くとは思っていなかったのだが、続いてしまった。
始めた頃の日の出は4時40分くらい。

ラフカディオ ハーンが朝外がざわついている事に気付いて観察していると、人々が身支度をして太陽が昇ると一斉に太陽を拝み始めた
という話を聞いたことが有る。

私は朝、顔を洗うという習慣が無かった。
家族の世話で手一杯、自分のことをする時間もないままに…

それが習慣となってしまって気がつくと夜になっていたという事も何度もある。

だが日の出を拝むには、身支度が必要だと気付いて、朝の洗顔を始めた。
その為には4時半には起きていなくてはならない。

朝の公園には常連さんが居た。
少しずつ挨拶を交わしたり、立ち話をするようになっていた。

80位の男性は、朝3時に起床して掃除をしてから来るのだという。
次の日から私も少し早起きして掃除をする事にした。

だんだん思い出して来た。
あの頃
幼馴染に梨を送ろうかと思って電話したら、最近は早起きして御主人と早朝散歩していると言う。私もたまには日の出でも拝もうかな〜と思った。

その頃、通りかかりの人から庭を褒められて、カタカムナのことを聞いた。
昔、少しばかり知っていたので、この際調べようかとネットを見たらカタカムナ567
と有ったのでコロナ対策に良いのかと思ってカタカムナ567を暗記した。

日の出を拝むついでに暗唱してみた。
そうしているうちに、一二三祝詞やいろは祝詞やアオウエイ祝詞の仲間だと気付いて全部唱えてみる事にした。

「天照大神」から他の祝詞を唱え終わるまで5分位。
本当はもっとゆっくり唱えた方が良いのかもしれないが、早く言わないと祝詞を忘れてしまうで。

近くに鉄棒が有るから、最後に昔懐かしいぶら下がり健康法でもと、ぶら下がったものの一回でズルんと落ちてしまった。

あまりの恥ずかしさに(誰も見ていませんように)と思って、辺りをキョロキョロしたら、隣で懸垂をしている青年に声をかけられた!
「大丈夫ですよ。僕も去年の4月ぶら下がった時、何も出来なかったけれど続けているうちに出来るようになりました。明日 明後日と続ければ いつか出来るようになっていますよ。諦めないで…」と。

数日後に、2つは数えられるまでになっていた。
10数えられてからは20まで、あっという間だった。

そこで、鉄棒で太祝詞を唱える事にした。
太祝詞は実はニ十祝詞で、
ヒィ フウ ミィ ヨー イツ ムー ナナ ヤー コノ トオ
ヒトツ フタツ ミッツ ヨッツ イツツ ムッツ ナナツ ヤッツ ココノツ トオ
と唱えるというのをお思い出した。

ミミと思い出話をしていた時に、子供の頃おばあちゃんとお風呂に入るとこうやって数えないと湯船から出してもらえなかったと言って大笑いしたのだった。

そうこうしていると、3ヶ月がアッという間に経ってしまった。

その間台風も来たが、毎日続ける事が出来た。
家の軒下から太陽の出るイメージをしながら唱えた日が3日。

10月22日無事完❗️

三日坊主返上。
自信がついた。

そして十三夜。
自然の美しさを以前より感じている…。

蝉脱皮 タイヤとられて 外出自粛

2023-08-08 | 今日
じっとしていても汗が吹き出してくる。
室温34℃
これでも涼しい方だ。

エアコンは使うと体内から熱が湧いてくるようで、余計に暑くなるから使わない。

幸い、時間的に自由がきく仕事をしているので、
夏は日の出と共にの生活を送っている。

陽の光で生活するために木戸は開けたままでいる。

このところの日の出は四時少し前だ。
それでも3時台には、空が白み始めて、こういうのを朝ぼらけというのだろうか…

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し
明かりて
紫だちたる雲のほそくたなびきたる。

そうか!
京都も盆地だから、太陽を見ることが出来るのは実際の日の出より、だいぶ遅れている事に気付いた。

東京に行く時、東雲という字を見かける。
何かと思っていたが、
夜が明ける一歩手前の時間から、朝に至る最初の時間。
東の空の薄明かりを表す古語なのだそうだ。

暁 曙、未明…いろいろある。

冬はつとめて。
つとめては、夜明け後まだ間もない早朝のこと。

何時何分ではなく、季節ごとにこのくらいの時間帯という表現をしているので
語彙が豊富な事に驚く。

で、私の朝の活動であるが、涼しいうちに面倒な事務を終わらせてしまいたいところだが、極力電気は使いたくない。

薄明かりで出来ることをする。
簡単な掃除、身支度を整えて日の出を拝む。
内陸なので、実際の太陽は7時20分頃から。

その後、車で鐘撞きに出掛ける。
山のお寺では常連さんがいて、体操で始まり、その日に来た人数によって鐘つきの時間が変わる。

最終がちょうど6時になるように。

このところ夜中に雨が降りそうなので、洗車代わり車庫にはしまわないで駐車場に出しっぱなしにしていた。
ところが、蝉の脱皮にタイヤが使われてしまって、車を動かすことが出来ない。
ようやく蝉が飛びたってくれたのが、朝9時頃。

早朝の事務がはかどりました。


カタカムナ研究始めるか?

2023-07-18 | 
先日、奇妙な人が訪ねてきた。

ちょうど一年前に同じような事が有ったので、それと同じかなと思っていたが、今回は違うようだ。

一年前の出来事とは、通りがかりのご夫婦に庭を褒められた事なのだが…


この家を建てる計画は2012年からで、完成したのは2014年。
実際に暮らし始めたのは2020年から。
家が立った段階では、庭は石ころだらけで植物もあまり無かった。

家を建てる前に、知り合い(飲み友達)に勧められるままに、庭と家の床下に炭を埋めた。
炭に関しては色々な思いが有ったのだが…

更地の時庭の隅っこに埋められている炭を発見した。ベトベトで気持ちの良いものでは無かった。
建築業者にも、昔の家で床下にベトベトの炭があるお宅もあるので、お勧め出来ませんと言われていた。
あれだな!と思った。

それでも炭を埋めたのは、本宅に自己流で埋炭してから庭がイヤシロチになったようで大層気持ちの良い空間になったから。
当時、聞き齧りでカタカムナを知って試したのだった。

この家を建てた頃、我々夫婦は散歩してよそ様のお庭を見て楽しませて貰っていたので、ウチも寄り道してでも楽しんでもらえるような庭にしたいと話し合っていたので、家族総出で庭づくりをした。

建築後の庭というのは、全く信じられないほど石がゴロゴロしていて木も植えられるような状態では無かった。
石を掘り起こして、建築業者に持っていってもらった。
石を取り除くのに一年かかった。

庭に木が無いと、直射日光で夏は暑く、朝晩水撒きが必要だった。

常に住むための家では無かったので、
鉢植えは置かない。
お金は極力かけない。
それでも、鳥や蝶や動物が遊びに来て
一年中花が咲き続ける。

そんな庭を目指していた。

いろいろな方から、枝や苗や鉢植えを頂いて庭を整えていった。
大きな石や鉢や灯篭まで集まってきた。
鳥たちが置いていった種から木々も育ち、数年で庭らしくなった。

だから、去年庭を褒められた時は本当に嬉しかった!

今回も、きっかけは同じ言葉。
「素敵なお庭ですね。家全体が物語に出てくるようなお宅…」

ちょっと話が弾んで、健康法に関して後で郵便受けに入れたおきます、ということになった。

仕事と買い物を済ませて帰ってくると、郵便受けの中に手紙とカタカムナの情報が入っていた。

懐かしい!
改めて知るとカタカムナって凄かったんだなぁと思う。
その後のことはちょっと省略。

もっと知りたいから本を買おうと思った。
ふと、捨てようかなコーナーを見ると「神代文字」に関する本が有った。
10年くらい前に買ってみたものの、パラパラめくってつまらないと判断して、いつか処分の棚に入れて置いたのだ。
捨てる前に一回読んでからと、読み始めたら面白い。

最近この手のことが多い。
知識や経験が増えると、感想も違ってくるのだろう。 

今カタカムナ研究中。


庭に頂き物の鉢が有ったので、水を張ってグリーンウォーターにして昨日メダカの稚魚を放った。
小さすぎて見えないけれど、大きくなってくれるといいな。

イヤシロチ地ならきっと育つ!