上野公園は何度も訪れていますが、普段は博物館、美術館、不忍池、お花見が多いですが、今回は正岡子規ゆかりの地として上野、根岸を散策しました。
司馬遼太郎の小説 「坂の上の雲」 をひもときながら今まで知らなかった園内を巡りました。
ポードワン博士の胸像、あまり馴染みがないがこの博士が恵まれた自然が壊される事を憂い公園とするように政府に提言し、国内で初めて公園として指定されたそうです。
子規庵
関東大震災で焼失して建てなおしているそうです。
高浜虚子、伊藤左千夫、長塚節が出入りし句会や歌会が開かれていた、子規が病床の身を横たえた6畳の居間兼寝室には机があり、その中程に四角く切込みがあり、これは足を伸ばすことができず膝を立てたまま仕事をするためだったそうです。
子規が亡くなって100年以上経っているのに、机の前に座るとその当時の糸瓜が
植えられているのを見ると少し前まで子規がいたような印象を受けました。
金メダルこそ取れなかったが、5個の銀、銅メダルを獲得し熱戦の幕は
閉じました。
メダルを獲得した人おめでとう、おしくもメダルに手が届かなかった人も
お疲れ様でした。どの種目を見てもこれが人間の限界だと思われるところで、
優勝を争っているようで本人も大変な重圧の中で参加した事でしょう。
中でも女子スケート団体パシュートでは、0,02秒差でおしくも銀メダルになりましたが、そんなに細かい所まで記録が取れる方が驚きです。
それにひきかえ、フィギュアスケートは優雅で華やかな競技で私たちを楽しませてくれましたが、これは採点する方も審査員の私情が多少入るのではないかと思われます。
次はパラリンピック頑張って下さい。