東京大森のタイ料理店メーサイ

タイ料理レストランメーサイのオーナー、伊藤盛のブログです。

ドバイの日本人

2008年10月29日 | 独り言
今日、店に以前ウチで働いていた男が立ち寄ってくれた。

M君としときます。
彼は開店して半年ほどして、バイトに来た男でした。
パキスタン人の友人が多くて、パキスタンのウドゥー語は
ぺらぺら。
お寺の長男。

ウチに一年ほどいて、その後も色んな仕事をテンテンと。
で、3年前にパキスタン人と二人で中古車を海外に売る仕事を
始めた。

会社を作るのも、面倒な資金繰りとかもM君がやり、社長は
パキスタン人、M君は役員。

順調に売り上げも伸びて、社員も入れて、年間400台も売る。

・・・良かったねー、やっと落ち着いたじゃんか。
   本腰入れてやる仕事が見つかったなあ。

「ええ、今はドバイがメインですね。
 ドバイに営業、っていうか試しに出かけてみたら、
 なんか日本人っていうだけで向こうから商売したいって
 近づいてくるんですよ。」

・・・日本人ってアラブ社会では信用があるって聞いていたけど、
   そんなに凄いの?

「もちろんですよ。社長と一緒に行って、社長の知り合いに
 会ったら、なんかもうパキスタン人の社長はそっちのけで
 おお!!日本人か、日本人なら信用できる。
 ぜひ、一緒に仕事させてくれ!って。」

・・・それ、ほんとの話なの?社長、ひねくれちゃうんじゃない?

「うん、なんだか面白くなかったみたいね。
 でも、二週間滞在しただけで、面白いくらいにお客さんが
 増えましたね。
 もう、どこに行っても日本人なら心配ない、日本人か、
 そうか、すばらしいな、仕事しようって。
 なんというか、ご先祖様が築いてきた世界への信用ってんですかね。
 心の中で拝んでしまいました。
 ご先祖様、ありがとうございますってね。
 
 僕なんか、なんにもない、頑張ってないのに、ご先祖様たちが
 頑張ってくれたからですねぇ・・・」

だそうです。

流石はお寺の息子だ。
表現の仕方があっぱれだ。

ビルマの寝釈迦

2008年10月28日 | タイという国
ビルマの寝釈迦ですな。

タイで言うたら、ワット・ポーですな。

これは、個人的にはタイの勝ち。

何か、イメージが違います。
タイの方が、侘び寂びの味わいを持っていて、好き。
路線が国によって違うんですな。

暑かったなぁ~
田舎にくると、なにやらトリップしてしまいます。
「寂しさ」フェチなんだろうかね

夕暮れのパゴダ

2008年10月27日 | タイという国
夕暮れのシュエダゴンは美しい。

タイのプラケーオも奇麗だけど、あまりにも観光地で
お坊さんや地元の人たちの生活とは離れすぎている。

ビルマの首都の、しかも一番有名なお寺であり、ビルマ人の
人生にぴったり同化して寄り添って、一体だ。

昔、ココに一人で訪れた時に、山門というか、入り口の靴を
脱ぐ場所で靴下を立ったままで脱ごうとしてヨロっとしたら、
かなり離れて見ていたおばさんが、もの凄い勢いでダッシュして
支えにに来てくれた。

いやね、別に助けはいらなかったんだけども、その人は
外国人がシュエダゴンの入り口で困っている、と
思ったんでしょうね。

・・つまり、何を言いたいのかまとまらないんだけども、
いちいちビルマ人は外国から来た人(たぶん、特に日本人?)に
優しいってことさ~



シュエダゴンのお掃除

2008年10月26日 | タイという国
ロンジーを履いた女性達が(いや、ほぼ全国民っすけど)シュエダゴンを
掃き掃除。

手抜き無く、効率よく、素早く終わらせる為か、横一列に並んで
掃き清めてくる。
・・掃き清めて行く、って書きたいけど、イメージが「来る」って
感じなんで(^^)

早朝に一回、夕方に一回だと思います。
お昼過ぎにはやらないと思うけど。あちぃもん。素足が。

ビルマのシュエダゴン

2008年10月25日 | タイという国
日中のシュエダゴン・・・

小さな山が、一つの仏の世界になっているところ。

山麓は、お坊さんの学校、宿舎、修行場、参拝場、
観光客の土産物屋てんこもり、騒々しいツアー、
でも、ビルマ人が愛する大切な仏教の要。

山の上は、広い、きらきらした空間。
大理石の床を、裸足で歩かねばならない。
日常が仏の道とともにある人たちが、日常的に
おとづれるところ

タイのワット・プラケーオと比べると・・・
やっぱりシュエダゴンがすてきです。

ただ、日中大理石の上を歩くのは危険だぁ~
あちい

のし上がるビルマ人

2008年10月19日 | タイという国
アウンさん(ニンニンさんの弟)が指揮する海老の処理場。

港で買い付けた海老を、等級を分けて、むきえび、頭付き、
頭なし、とわけて冷凍保存、パッケージに入れて輸出となる。

当然、日本の商社が要求する品質は高い。
海老の大きさも、一つのパッケージに同じ大きさの海老が
入っていなければならないし、鮮度の要求レベルも高い。

最近、大量に買い付けに来て、ごっそり買っていこうと
する中国の要求レベルは低い。
とにかく、量を買っていくし、日本人の様に細かい事を
言わないから生産者にとっては楽な相手となる。

結果、ビルマでも日本商社が買い負けて日本での値段は
跳ね上がる。
ビルマの生産者も、本当は日本人に売りたいらしい。
今まで安定して買ってくれたのは日本人だし、商売のやり取りを
していて、約束事とかはきっちりしているからだ。

この加工場3年前のこの頃は従業員130名、現在は500人を超えて、
海老だけでなくイカなど魚介類全般を扱うようになった。
既に家族経営でやっていける規模ではない。 
プロのマネージメントが必要なレベル。

野菜。主に日本向けの商売。
日本の葉境期を狙って、椎茸やごぼうなどの単価の取れる
野菜を選んで栽培、輸出する。
これはこれから伸びていく商売ですね。

数年間、日本のコーセー化粧品代理店の交渉を進めてきて、
ヤンゴンに豪華な店舗も出した。

旅行業は10数年前から海老と平行してやっている。
日本からのツアーをメインに営業してる・・が、今はタイ人と
中国人が増えたそうである。

映画興行。
これはココさん(ニンニンさんのもう一人の弟)が脚本、プロデューサー、
自分でも制作。
配給の会社としてやっている。
これは見かけは派手だが、収支はトントンのビジネス。
でも、化粧品・旅行業などの他の仕事の宣伝媒体として
活用している。
抜け目なし。

アウンさん、どこまで登り詰めるか?
ここまで成長したのも、驚きました。すごいやり手だぁ~。

ビルマの高級ホテル

2008年10月18日 | タイという国
え~、名前忘れました。
ニンニンさんに奢ってもらっちゃったヤンゴンの一流ホテルの
窓からの景色。
11階だったと思うんだけど、上の階がプールになってました。

で、プールの循環機?が部屋の真上にあるらしくて、
時々ごぉー、とかガカカカカ、とか、とても不思議な音が
してました。
奢ってもらっといて(いや、事前に支払われてしまって・・
ビルマに行くよ、と言った時の向こうの反応からして予測は
出来たんだけど・・・)どうしよう、と思ったけど一応
部屋を変えてもらうことになりました。

ニンニンさんたちは、会社で日本人接待にここを良く使っていたらしく、
「あ、じゃああの部屋はもう使いません。わかって、良かった。
ごめんね。」
でした。

こうして下を眺めると、この国はまだまだ・・なんだけども、
私はこの国に期待してます。
日本人は、東南アジアに、こんなにわかりあえる国民性を持った
人たちがいることを知らない。

タイのちょっと根深いお守り

2008年10月14日 | タイという国
大人のおもちゃ屋で買ったとか、地方の秘宝館とかで見つけた
ものではありません。

タイのお守りです。
義父が、肌身離さずに持ち歩いていたもの。
義父は、驚いている私に言った。
「運がよくなるんだ。」

けっこう、色々な種類があり、装飾チェーンで腰にぐるりと
まいて、そこにぷらぷらぶら下げる人もいる。
もちろん、人前には出さないけど。

タイの友人が、これを大事にしていた。
良いものだよ、と自慢してくる。

で、それを付き合いの長いビルマ人が見た。

「これ・・・言いにくいんだけど。」

と、そのタイ人がその場を離れるのを見計らって言い出した。

「昔、アユタヤをビルマが滅ぼした時に、侵攻した将軍が
 地元のタイ人たちを沢山、農奴としてビルマに連れて行ったの。
 で、タイ人に、お前らなんぞ、これをお守りにしとけ!!って
 ちんちんを彫った木を持たせた。
 それがあんな形で未だにタイに残ってるんだね。」

・・・ほんとにほんとの話?

「うん、俺、大学で歴史の勉強してたからね。
 そういう資料、あるよ。」

うわぁ、これはタイ人が聞いたら激怒するよなぁ。
正直、半信半疑です。

だって、そんな事された屈辱って、忘れるものですかね。
運が良くなるって??そんな形にどうやったら
考えかたが変わるものだろうか。

恐るべきイギリス

2008年10月13日 | タイという国
考えてみると、タイ人に憎まれ、恐れられたビルマは
イギリスに飲み込まれて、搾取されてしまった。

シュエダゴンを始めとする、数多くのお寺の財宝、
主に巨大なルビーなど宝石、金の仏などなど、
海賊イギリスに奪われました。

タイ人がビルマに盗まれた、そしてまだビルマにそれらが
あると思っているものの価値の高いものはほぼ全て、
イギリスにやられちゃった。

今、ビルマの中で150もの部族が互いに牽制しあい、争う根っこを
イギリスが作った。
カチン族、アラカン族、ビルマ族、カレン族、モン族、シャン族、
(私が日本でお話したことのある部族)
みんな、現代の日本にいても、自分の部族だけでグループを
作る。利益がリンクするときだけ、一緒に組む。
互いに信用していない。結婚も、部族を超えたものは両親は
普通は反対する。

植民地経営のプロフェッショナルのイギリスは、司政の表には
ビルマ部族の憎まれ役を置く。
軍の力で、裏からあやつる。内紛を起こさせる。

結果、イギリスそのものを恨むよりも同胞を恨む事になり、
イギリスが日本に追いやられた後も何食わぬ顔で、
「自由だ、民主主義だ、それが全てだー!」と、
軍政に圧力をかける。

日本にも進出するな、と圧力をかけてきた。
資源豊富な国だから、日本に先に食い込まれてしまっては
困るからだ。
で・・・その隙を狙って、代わりに中国が来てしまったけど。

軍政も経済音痴で自分たちの利益しか考えられない。
身を守る事だけ。
どうしようもないけれど、少なくともそのおかげで米英の
持ち込む資本主義、経済侵略はまだ浸透していない。
これからだけど。

今、軍政が崩壊したらどうなるんだろうか。

力のある大きな部族の人たちは、自分たちの国を作ろうと
する。
カレンもシャンもアラカンも、日本軍が去ってビルマが独立した時、
自分たちの国が持てると考えた。
その根っこは深い。

タイ人はよくぞ独立を保ったもんだなぁ・・
考えれば考えるほど、凄い。

シュエダゴンパゴダのお宝は

2008年10月12日 | タイという国
3年前?のビルマ旅行の写真をパソコンで整理していたら、
隣から覗き込んだトー(カミサンの甥っこ)が叫んだ。

「ビルマ人悪い!! タイから宝石や金を盗んでこの中に
 入れてる! ビルマ人悪い!!」

なんか、白人悪い!と叫ぶインディアンみたいな口調。

彼が突き指せんばかりに指をモニターに突き立てたのは、
ビルマを代表する巨大なお寺の仏塔、シュエダゴンパゴダ。

長い長いビルマとタイの戦争の歴史の中で、語り継がれる
伝説がある。
タイの大切なものをビルマがみんな盗んで行ったのだ、と
トーは言うわけである。

隣国同士、憎み合って来たので学校の教科書にもお互いに
都合の良い事を教えているらしい。
タイの教科書や、学校で教える歴史ではビルマが一方的に
侵略を繰り返した事になっている。

そんな事はあるまいが。タイもかなりのところまで攻め入って
いるし。
しかし、私がタイ人から聞いたビルマ人への印象は、
「ビルマ人は怖い。」
「ビルマ人は悪い。」

でも、
「ビルマ人は勤勉で、努力家だ。」
と、公平な見方もしたりする。

そうですねぇ。
どう客観的に見ても、アベレージではビルマ人の方が努力家だと
思えてしまう。
その辺、タイ人も認めているのね。
トーも言う。

「同じ条件だったら、タイ人はかなわない。ビルマ人、
 凄く頑張る。」
どうやら、身近にそういう人がいたらしい。

こないだのビルマのハリケーン被害の時には、

「ソムナム・ナー!!(ざまあみろ)」
と、言っていた。
その心理は根深い。

でも、今はタイの方が先進国。
政治って国をいくらでも駄目にできるんですね。

ミャンマー、モーケンの悲惨

2008年10月11日 | タイという国
やはり、来たか、と思った。
今見ているNHKの番組は、ミャンマーのモーケン漁民のお話。

美しい海で、ナマコや海老や貝を取って暮らして来た漁民の家族。
素潜りで十分に獲物が捕れて、お米を買って暮らしてきた。

でも、ある日、ミャンマーの大船団。
素潜りと違って圧縮空気を送って潜水して根こそぎ取って行った。
底引き網漁船の船団も現れて、根こそぎ魚を捕って行く。
中国のナマコ需要は凄いらしくて、いくらでも高く売れるために
こういうことになっている。
他の魚介類も海老も、みんな。

地元の漁師の家族は、それでも自分たちの食べる分だけでも
魚を捕り、島で芋を掘って米の代わりに食べる・・

日本ももちろんその買い手の大きなひとつだ。
もう、ミャンマーもすぐに天然海老などなくなり、
養殖のみになり、マングローブ林も消えていくんであろうか。
タイがそうなったように。

アウンさんが言っていた。
「今は、漁師さんが取ってくる海老を買い付けし、加工・冷凍
 して売ります。
 今はそれが一番儲かる商売。
 でも、その後はわからないね。

 だから日本の化粧品の代理店やったり、レストランチェーンやったり
 映画興行の仕事したりしてます。
 あと、大きいのは日本に売る野菜ですね。
 椎茸とか単価のいいもの。

 たぶん、海老の養殖はやらないと思います。
 今すぐにできる事をやるだけです。
 そして、大きくなる。
 大きくなれば、飲み込まれない。
 私はお金をいっぱい、いっぱい欲しい!!」

そう、彼はモーケンみたいな田舎の漁民を苦しめる立場なのである。
考えもしなかったけど、そういう事か。
複雑な気持ちになる。

タイとのビデオ通話、MSNメッセンジャーなら使えますね

2008年10月10日 | タイという国
スカイプビデオ通話は、回線が細いのか?わかりませんが
相変わらず上手くいってません。

でも、MSNメッセンジャーならビデオ通話できるようになりました。
カミサンの実家はパクナムで、まだまだブロードバンドとかは
遠い話です。

でも、こま落ちはしますね。
それととっても不安定。
つながるときもあれば、まったくだめな時もある。

現地で大雨が降ったり、風が強かったりするとだめですね。
もっとも、そんな天気のときは、普通の国際電話すら繋がらなかったり
するんで仕方がないですな。

メッセンジャーは店のデルにカメラくっつけてやってます。
やっぱり顔が見えるのは嬉しい~~!!
あと、メッセンジャーはチャットしながら顔を見ながら話せるし、
色々とお遊びのアニメーションとか、ハートマークとかを
簡単に送れて、子供には楽しいみたいです。

ビルマの天然海老

2008年10月08日 | タイという国
このニンニンさん家族の海老は、今の時点ではすべて天然。
港で買い付けて、すぐに加工場へ。
即、冷凍してストック。

15年前の時点で、港に冷凍倉庫を持つ会社はとても少なくて、
すぐに頭角をあらわした。
設備は当初は全て中古。
何もかも中古。
船も、冷凍設備も韓国製を、買いたたいて寄せ集めて工場となった。。

取引相手のメインは日本。
今の時点で、天然海老を商業ベースに乗る価格で仕入れられるのは
ビルマと、インドの一部くらいのものらしい。
しかし、日本の商社の規格要求は厳しくて、最近は厳しくなくて、
高い値を付ける中国に日本が買い負けつづけているらしい。

全ての魚介類でそれが言えるんです、と社長のアウンさん。
ニンニンさんの一番下の弟だけど、頭が凄く良くて彼が会社を
取り仕切る。

「昔は日本はタイから海老を入れてましたけどね。。
 今はタイのはオール養殖だし、質や価格で負けるはずはないし。
 今は一番良い時ですね。どんどん従業員ふやします。」

彼も、1年、ウチにいた。ほんとに頭脳が良い、という感じだった。
要領も良かった。

こないだのハリケーン被害の時には、随分心配して、電話もしばらくは
通じなくて。
でも、被害の中心からは外れていたので、工場の屋根が飛んだのと、
倉庫が一つ倒れてしまった、と言っていた。

みなさんの食べてるエビで、ビルマ産だったら彼らの会社製かも

 



ビルマでのおやつ・・

2008年10月08日 | 思い出世界
数年前、ウチの店にいたビルマ人のところに遊びに行った。
ニンニンさんという。

一番最初にウチに働きに来たのは、ニンニンさんの一番下の弟の
恋人ビルマ人。
で、彼女が恋人もウチに連れて来た。

その次に、ニンニンさんの別の弟がウチに働きに来た。

その次に、その弟がケイちゃんという可愛いビルマ人を連れてきた。

その次に、・・その次に・・ニンニンさんが来た。
ニンニンさんはウチに9年いた。
もはや家族に近い。

兄弟で稼いだお金を元にして、家族で協力しながら、喧嘩しながら、
ビジネスを大きくした。

初めは中古車を日本からビルマへもっていき、売った。
その次は、海老の商売を始めた。

冷凍倉庫の設備を、中古で少しずつそろえて、そこで漁師さんたちが
取ってきた海老を買い取り、加工して冷凍、日本の商社に売った。

この部屋は、その海老加工工場のオフィスである。
そこで、とれたての海老をごちそうになった。

なんか、感無量だった。
日本に出稼ぎにきて、稼いだお金を国に帰って使い果たす人ばっかり
見てきたけど、ここまで頑張った。
凄い人たちですわ。

良かったねー

タイで食べるおやつ。。というかつまみ

2008年10月05日 | タイという国
屋台で飲む時には、こいつか焼きガニ、それと泥臭い赤貝を
ボイルしたやつが定番かなぁ。。。

海のエビよりもうまいかな。やはり淡水のエビの独特の味で,タイにくると必ず食べます。
最近はお値段が高くなったけど,まだまだお気楽に食べられます。
シンプルに,炭火で焼いてから酸っぱくて辛いタレ!
グラスに氷を入れて、シンハー。。あぅ よだれが。。

道路っぱたで、ホコリが舞うのもご愛嬌。
ビィィーン、とバイクが走り、犬が気だるそうに、なんかもらえたら
ラッキーかな?という風情に見上げたり、猫がよってきたり。
そういうシチュエーションが楽しい。

バンコクも、エリアや曜日によっては屋台を締め出し始めました。
いつまでこういうのを楽しめるかな。