伊勢ー白山 道さんから転載です。
「すでに有り難いのです」(2011-08-24)
最近、特によく感じますのは、自分の生活の中にすでに存在している神仏(神様と先祖霊)からのプレゼントに、気付く視点を持つことが大切だということです。
自分の身の周りには嫌なことばかりで、プレゼントなど無い!と思うならば、やはりプレゼントは永遠に見えないでしょう。
でも、その文句や不満を言いながらも、今も生きているのは真実です。
生きられるとは、ほんとうに凄いプレゼントです。神様でも、今の私たちを生み出すのに、46億年も掛かっているのです。
本当の正しい神仏の存在に気付くには、特別なことなどは何も必要ないです。
特別な行法は、逆に正しい神仏から離れているのです。その違和感を、光明や悟りや覚醒などと思い込んではダメです。
それは、本当の神仏から離れた「違和感」を体験しているに過ぎません。
今の雑多な生活の中でも、既に神仏からのプレゼントの中に居たことに気付くことが、1つの次元の垣根を超えることに成ります。
垣根を超えれば、自分と他者との境界線が消えます。
自分の周りのすべてのモノが、輝いているのが分かります。すべての物質の正体は、光です。少し揺れている光なのです。
しかし、これは自分で体験するまで理解が出来ません。
では、どうすれば体験出来るのか?
それは、今の生活の中で、感謝すべきことに気付いて行くこと。
自分「から」気付こうとする意志と視点を持つことです。
そうすれば、上記ほどの光を見なくても、理由は分からないが「有り難さに、涙がこぼれる」という体験を、日常生活の中ですることでしょう。
その体験は、すでに次元のカーテンに触れています。この体験を、人生の中で何回もしては、普通に戻る、を繰り返します。
更には、「自分なりに」神棚の世話をしたり、先祖への感謝の気持ちを3本供養などの行為で表すことは、上記の体験をスムーズにさせます。この2つの行為の方法も、こだわらなくても大丈夫です。
大切なことは、これは見えないモノにも思いやりを持つという、自分の「与える気持ち」と「慈悲の気持ち」を育てることに繋がるからです。
思いやりと、慈悲(なさけ)の気持ちを持つことは、自分を包むカーテンをよけさせる最高の手段と成ります。
カーテンが減るごとに、自分の気持ちの実現力が増大を始めます。
気付いた時には、いろんなことが好転していることが、後から分かります。
だから、自分の今の生活の中で、感謝すべきことに気付きましょう。
そうすれば、大丈夫に成って行きます。
(感想)
ハーバード大学教授リサ・ランドール女史は、実験によって素粒子を観察している過程で突然に空間から姿を消す素粒子の可能性に気付き、その理論的な解釈に取り組んだ結果、私たちが生活して知覚しているこの世界に溶け込んだ形で、時間、空間ともに更に次元の高い五次元宇宙が存在しているのではないかという理論に到達しています。
今でもこの理論は否定されずに、世界中で素粒子の研究から可能性が検証されつつあります。
五次元宇宙には、それ以下の次元世界が折り重なるように多層的に存在し、その間を重力子を通して「情報のやり取りを絶えずしている」と考えられています。
女史は、風呂場内のバスタブと洗い場の間に在る薄いカーテンの仕切りを例にとり、バスタブに浸かる人間を洗い場から覗きたいのだが、たった1枚の薄いカーテンのために見ることが出来ないと表現します。
ただ、なんとなく誰かが居る気配は分かるのです。
私たちは自分の生活は何も変わらない、同じことの繰り返し、自分のことを誰も分かってくれない、死んで消えた人間とはもう会えない、・・・・などと思っています。
しかし、コノ世に溶け込んでいる「薄いカーテン」の向こう側では、自分に縁のある多くの過去の人々がニコニコしながら見ていると想像してみましょう。これは、私にとっては真実なのです。私は常にカーテンの向こう側にいる先祖たちや神仏を感じています。
どんな人にも、カーテンの向こう側から、「もっと頑張れよ」「アホだなあ」「死んで戻ってくれば驚くぞ」などなどと見てくれている縁者がいます。
このような感覚から私が思いますには、宇宙の果てはどこに在るのか?と問われますと、
「今のこの場所に在ります」というのが私の答えです。
光速の飛行船で何億光年も飛びましても、宇宙の果てには着かないでしょう。
今の場所に同時に宇宙の「果て」も存在するからです。
神祭りや先祖供養の行為とは、カーテンを意識した生活なのです。なんとなく、カーテンの向こう側からの思いを感じるようにも成ります。
私がカーテンを覗いて見ますと、そこには色んな世界が同時に存在しています。
過去・現在・未来、が同時に生きています。
未来については、多くのパターンが存在しており、その内のどれがカーテンを潜って今の世界に出て来るのかは白紙です。
これを決めるのは、女史が示唆する
“その間を重力子を通して「情報のやり取りを絶えずしている」と考えられています”
つまり、今の自分の生活と思いが、決めて行くのです。だから自分が出来る努力は大事です。
過去に覗いたカーテンの向こう側には、今日のような大雨もありました。(過去記事http://luce-tabi.jp/index.php?word=%E2%97%87%E2%97%86%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%99%BD%E5%B1%B1%E9%81%93+%E7%95%B0%E5%B8%B8%E3%80%80%E9%9B%A8&type=and&sort_flg=1&encode=utf-8)
残念ながら、今日ぐらいの雨では済んでいませんでした。
ノアの方舟伝説は、ウソでは無かったのです。
とにかく、沿岸部と大きな河の近隣は、異常大雨を想定した選択と生活が運命を分けるでしょう。
見えないカーテン(先祖・自然の精霊でもある)を意識して明るく生活することは、自分をナントナク導いて行きます。
しかし、幸福に成るとか、どこどこに行くというものでは無くて、今のこの場所・生活に同時にすべてが「すでに」存在することに気付くことが最大事なのです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます
転載以上