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大和浪漫

私、瓜亀仙人が奈良・大和路の社寺や自然、生活の様子などをお伝えしたいと思います。

馬籠宿へ

2015年06月15日 | 甲信越

あの日、妻籠宿散策の後は馬籠宿へ。

お昼に何を食べるかを考えながらの散策やった。

 

@馬籠宿

馬籠宿(まごめじゅく)は、中山道43番目の宿場(→中山道六十九次)で、木曽11宿の一番南の宿場町である。

 

かつては長野県木曽郡山口村に属したが、2005年(平成17年)2月の山口村の越県合併により岐阜県中津川市に編入された。

1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の火災により、古い町並みは石畳と枡形以外はすべて消失したが、その後復元され現在の姿となった。

 

石畳の敷かれた坂に沿う宿場で、馬籠峠を越えた信州側の妻籠宿(長野県木曽郡)とともに人気があり、多くの観光客が訪れる。

石畳の両側にお土産物屋がならび、商いをしていない一般の家でも当時の屋号を表札のほかにかけるなど、史蹟の保全と現在の生活とを共存させている。

ほぼ中間地点に、旧本陣であった藤村記念館(島崎藤村生家跡)がある。

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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (山口ももり)
2015-06-15 09:46:13
お・お・お・・・・行きましたとも!!!「夜明け前」にゾッコンで、それから図書館で借りた藤村の本を随分よみました。でも・・・やっぱりいいのは「夜明け前」だけ????今、佐藤愛子の「血脈」というのを読んでいるんですけど、作家の家系ってのは、やっぱり尋常ではないようですね。馬籠の本陣では、多くの資料が残されていて街道筋の人や物の移動から書き起こされてくる江戸の終わり…明治への流れ…人の心に変化・・・本当にしっくり心にしみました。
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