プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 堀田善衛「ゴヤ 全4巻」

2013年03月07日 | ◇読んだ本の感想。
堀田善衛はこれにて打ち止め。
けっこう読んだ。ツブす、まではいかないが、図書館にある彼の本は7割くらいは読んだのではないか。
まあ、全てが面白かったとも言えないのだが。でも書き手本人が好きだったですね。



今、振り返って印象に残っているのは、
「ミシェル 城館の人」と「路上の人」、ぎりぎり「方丈記私記」くらいか。
とにかく立ち位置が自在な人です。対象の周りをわりとちょこまかと動き回りながら
嬉々として喋るというイメージ。対象についての親愛をひしひしと感じる。

そういう意味ではこの「ゴヤ」は、その最たるもの――であるべきというか、
あってもいいもののはずだが。実はそうでもない。
親愛度合でいうなら、「ミシェル 城館の人」のモンテーニュの方がはるかに親愛が感じられる。
というのは、「ゴヤ」の場合は、堀田善衛がゴヤに寄り添っているのは間違いないけれど、
それよりもむしろ、この著作で彼はスペインを書いている。
タイトルはゴヤだが、ゴヤ本人よりもその時代のスペインを書いた全4巻。渾身の力作。

しかし渾身の力作といっても、彼の場合は端々に飄々とした口吻が現れるので、そんなに重たくない。
テーマがこの時代のスペイン――ナポレオンによってひっかきまわされたヨーロッパ、
その中でも特に振り回されたスペイン、という役どころらしい――であるわりには、
軽みのあるといってもいい文章。

が、その軽みのなかからそくそくとして立ち上がってくる、傷ましさ。
スペイン王家とナポレオン、スペイン民衆、スペイン貴族――その他諸々の立ち位置の人々が
悲劇を通り越して喜劇的になってしまうほど、錯綜しているこの国の状況。
その渦中で殺される人々。憎しみと悲惨の坩堝。

それを堀田善衛は、得意の“考えたそのままの文章”で書く。
もしかして実際は推敲に推敲を重ねているのかもしれないが、読んでいる分には
心にあることをそのまま書いているように感じる。
それに共感する。すごく伝わりやすい文章だと思う。

スペインを知りたい人にはとてもお薦めしたい作品だ。
取り上げている時代が、とにかくゴヤの生きた時代だけなので、この1作品でスペインを
全史的に網羅するというわけにはいかないが、スペインにはこんな時代もあったということを
知ることが出来るだけでもお得。



あ、だが本としての作りにとても残念な部分があって、
――ゴヤという画家をメインに取り上げた著作のくせに、図版の印刷がひどいの。昔の本だからねえ。
なので、せっかく堀田善衛がその絵について言及しても、載っている図版を見て
下手すると何が書いてあるかわからない、ということが多い。
美術についての本でこれは致命的な欠陥だ。
全ページカラーにするとかは無理だろうけど、もっとその辺はちゃんとやるべきだったろうなあ。

全4巻で、第4巻はわりとだらだらゴヤの小品についての言及が続くので、少々退屈だった。
いやまあ、画家ゴヤについての本ならこういう部分が本題なんだろうが、
スペインの歴史部分の方が面白いので、つい。

徳島の大塚国際美術館に、ゴヤの聾者の家の食堂が再現されているらしいの。
……またシブイところをついて来るよね、大塚製薬。ますます気になるではないか。




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堀田 善衛
朝日新聞社
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