プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上下」

2018年05月20日 | ◇読んだ本の感想。
「世界ふしぎ発見!」かなんかだったかな。テレビでカステル・デル・モンテが映り、
その造型が印象的だったので、そのうち関連図書を読んでみようとリストに入れたのが十数年前。
そして1、2年前、いよいよ読むかと思い、関連図書を検索したところ、やはりというか
あまり数はなく。しかしその中に塩野七生の著作があったことの驚き!!
ええっ!わたしの知らないうちに、イタリア書きがドイツ書きになってるのか!


塩野七生は若いころによく読んだ。「ローマ人の物語」までの分は9割は読んだと思う。
わたしは大学時代まではそこそこ本を買っていたが、社会人になってからは図書館派になったので、
自分で買う本は激減した。しかしその中で文庫で出たら迷わず買い。という一人が塩野七生。

「ローマ人の物語」の出版が始まった時、作家・塩野七生の畢生の大作だと思った。
なので読むのを楽しみにしていた。
でもこれは自分で買ってから読みたいなあ。文庫になるまで待つか。

単行本として1年に1冊、15巻出て。文庫化も単行本と並行してなされていたとはいえ、
まあ何年も待ったわけです。文庫化まで10年ですか。
そしてようやく文庫されて「おおっ!出てる!」と喜び、満を持して買って、
勇んで読み始めようとしたと思いねえ。



……だがどうしても、読み続けられなかった。
何が読めなかったといって、文庫本のその薄さが。

読む本を厚さで選んでいるわけではないが、基本的に薄い本は好きではない。
なんか好きじゃない。損した気分になる。
文庫本だったら1.5センチから2センチくらいが好きだなー。
この本は単行本1冊を、2冊か3冊に分冊したもので、1冊200ページ前後。

こうなると、通勤時間が読書時間なわたしにとって、多分2、3日で1冊読み終わるかどうか程度で、
その日1冊持っていくか2冊持っていくかという選択の話になるわけです。
2冊持って行って1冊が読み終わらず持って行ったのが無駄になるのも嫌。
かといって1冊しか持っていかない時に、読み終わって2冊目がないのも嫌。
厚い本1冊ならこんなストレスないのに。

そして、冊数が多くなると本棚に並べた時に場所を取るんです。
2冊にすると1.5倍とは言わないが、1.3倍くらいにはなるでしょう。
置き場所に困る。

7巻まで買ったところで、どうにも読めなくなった。それ以来塩野七生とは疎遠です。
金の切れ目は縁の切れ目とはよく言うことだが、まさか薄さが縁の切れ目だとは思わなかった。

文庫本は、せっかく「とっつきやすく、買いやすく」とデザインを考えたのであろうが、
そもそも塩野七生を読む人がとっつきやすさを求めるかというと、だいぶ疑問。
本を持ち歩いて読む層は読書層のなかでも多くて半分くらいかと思うし、
その持ち歩き層のなかで200ページという薄さがネックになるのなら、
分冊にした意味はあまりないと思うのです。



※※※※※※※※※※※※



というわけで、ものすごく久しぶりの塩野七生。





本作は大変面白かったです。

西洋史も日本史も嫌いではないので、そこそこは読んでいる方だと思うのだが、
しかし中世についてというのは、あまり読んだことがありませんね。
阿部勤也の何冊かくらいしか思いつかない。

神聖ローマ帝国って、なんかよくわからない国ですよね。
共和制ローマでもなく。帝政ローマでもなく。もやもやっとしかわからなかった。
本作を読んで、多少はイメージが湧いた。フリードリヒ2世は元々は世襲であるシチリア王国の王。
そしてドイツを中心とする神聖ローマ帝国の皇帝に選ばれたと。

いい男好きの塩野七生だから、フリードリヒ2世も有能でしたたかな、イイ男なわけです。
読んでいて、血沸き肉躍る。
明確なビジョンを持ち、8か国語だか10か国語を話し、眉目秀麗。
鷹狩を好み、有能な人々を抜擢し、席の温まる暇もないほど仕事仕事に明け暮れた人。

しかしフリードリヒ2世は、早く生まれすぎたルネサンス人、という評価もあるように、
中世ではだいぶ異質な存在のようだから、塩野七生があまりにルネサンス的に書いてしまうと、
時代的遠近感が狂う。相当良く書いてるしね。ちょっと褒めすぎと思う。
チェーザレ・ボルジアもそうだったけど。

この人の小説にはほとんど台詞が出てこないので、台詞を読みたいなと思うことがよくある。
今回は特にフリードリヒの有能な右腕左腕であったパレルモの大司教ベラルドと、
チュートン騎士団長ヘルマンの、フリードリヒへの心情を読みたい。

どちらも宗教関係者で、それがローマ法王から3度も破門された男の腹心ってどういうことか。
どれだけ人柄に魅了されていたとしても、自らの立場を思えば、そうではなくても宗教的感情を思えば、
その選択は難しいことのはずだ。
時代は中世。宗教意識は人々の人生を固く縛る。ましてや宗教関係者。

しかしどちらも死ぬまでフリードリヒの側に留まり続け、彼を助け続ける。
チュートン騎士団長で、ドイツとイタリアとエジプトを行ったり来たりを生涯行なったヘルマンと、
破門された王に仕えて、自分も破門されたベラルド。

神聖ローマ帝国皇帝であるフリードリヒとローマ法王の関係は生涯の大部分敵対関係で、
(たまに見かける皇帝派・ギベリン、法王派・グェルフィはこの辺りの話)
ローマに交渉に赴いたフリードリヒを含めた使節の全員が破門されていて、
そもそも法王と話を出来る関係性がなかったとか、
フリードリヒが死んだ時に終油の秘跡を行なったのはベラルドで、
その時は終油を受ける側も授ける側も破門されている人だったとか、
読んで思わず噴き出す冗談のような話も書いてある。

なぜあなたたちはその道を選んだのか。
それを語って欲しい。


御大も年をとってだいぶ筆が軽くなった。と思った。
若いころから成熟期まで、ほとんど作風が変わらなかった人だと思うが、出版当時75歳ですからね。
昔の著作は、腰を落としてがっぷり四つに組むという歴史小説だったが、
本作はその頃のものよりうっすら軽め。歴史小説とエッセイの中間くらいの感触。

フリードリヒ2世をテーマにした本はほんの数冊しか図書館にないが、
神聖ローマ帝国についての本はもう何冊かあるので、今後読んでみるつもり。




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